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メディアグランプリ

その「いつか」は今かもしれない


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:田島奈緒(ライティング・ゼミ朝コース)

 
 
着物、いわゆる和服の着付けを覚えることは、外国語を習得するのに似ていると思う。
着付けも外国語も、いつかできるようになりたいと何年も思い続けている人は多い。一方、その「いつか」はなかなかこないもので、やってみたけれど身につかなかった、という経験をしたことがある人も多いと思う。
もちろん私もその一人で、あの手この手で英会話の習得にチャレンジしてきたが、今現在、ほとんど話せないと言っていい。異国の人とはなるべく目を合わせないようにして、ひっそりと暮らしている。
 
私が着物を自分で着られるようになったのはここ数年のことだ。
二十代の初めの頃、母に教わったけれど、そのときは残念ながら身につかなかった。その年頃にありがちな話かもしれないが、母親が娘に求める着物姿と、娘である自分が理想に思う着物姿には微妙だがしかし埋められない溝があり、そのことが日頃は仲が悪いわけでもない母娘に毎回つまらない諍いをもたらした。洋服ならそういうことは起こらない。着物というモノを美しいと思う気持ちは残っていたけれど、仕事や他の興味に時間を取られたこともあり、いつしか気持ちが遠のいてしまった。
 
そんな私の気持ちを、もう一度着物に向かわせる事件が起きる。少し遅めの結婚をして数年がたったある日、夫と出かけた小料理屋さんで、たまたま近くに座った少し年配の男性が、ご機嫌で話しかけてきたのだ。
 
「奥さんね、着物、絶対に似合いますから。ね、ぜひ着てくださいよ」
ああ、酔っ払いに絡まれちゃったな。と思った。「ありがとうございます。よく言われます」と真顔で流したりして。そりゃ、背が低くて肩幅が狭くて顔が地味とくれば、ゴージャスなドレスより着物の方が似合うだろう。ところがその男性はさらにこう言うのだ。
「今度、うちの店にいらしてください。気に入った着物を一式、プレゼントしますから」
え? これは何の冗談だろう。全然わからない。いや、冗談の方がまだいい。タダほど怖いものはない。
どうしよう。助けを求めるように女将さんを見ると
「あら、いいですね。この人、酔っ払っているけど誰にでもこんなこと言うわけじゃありません。できあがったら、ぜひこのお店に着てきてほしいわ」
と、助けてくれるどころかまさかの援護射撃。この女将さんは義父からの信用が厚い人なので、ひどい目に遭うことはないだろうという保証を得た一方で、もうこの話を無下にもできなくなった。
かくして思いがけず、もう娘ではない私は自分好みの着物を誂えてもらってしまったのだ。
 
次は、「お店に着ていく」という女将さんとの約束を果たさなければならない。着かたは覚えているところもあるし、今はWEB上に多くのノウハウ記事や動画が提供されている。これでなんとかなるだろう。見て読んでいるとわかったような気持ちになってくる。ところが実際にやってみて驚いた。思うようにならないのだ。手順通りにやっているはずなのに写真と自分が何か違う。ああ、身についていないというのはこういうことなのだと思い知った。食事に行く前に汗だくで二時間もかけているわけにはいかない。事前の練習が必要だ。
そう。どんなに熱心に勉強しても、使わなければ身につかない。そういうところも、着付けと外国語の習得はよく似ている。外国人とコミュニケーションを取らなければ生活できないとか、仕事にならないとか、そういう環境に追い込まれれば話せるようになると聞く。現代日本において、着物を着なければ生活できないという環境は特殊だ。着物がユニフォームになっているような職場でさえ、場合によっては洋服のように袖を通して何ヶ所かボタンで留め、ベルトのようになった帯を巻いてマジックテープか何かで着られたように見えるものもあるという。
暗黙のうちにある程度の期限が設けられた機会が与えられたことは、私にとっては幸運だった。
 
できるようになると、周囲からの評価が予想以上に上がったり、視界が変わったりするところもまた、似ているところだと思う。「自分で着られるの? すごいね」と言われると何やら少し恥ずかしいが、考えてみれば、私は外国語を自在に操る人を見れば羨望と称賛の眼差しを向けてしまうから、そういうものなのかもしれない。着物を通じて知る文化や技術もある。
 
こうして私は、機会と環境に後押しされて、着物を着るようになった。おそらく、挫折した英会話に費やしたのをはるかに下回る時間とお金で。きっかけというのは真に恐ろしいものだと思う。
 
もし、これから着物を自分で着られるようになりたいと思っている人がいるなら、まず一セット手に入れてほしい。小料理屋さんで呉服屋の主人に偶然会うことは稀かもしれないが、母親の箪笥を掘りおこしたり、今ならリサイクル着物がワンピースを買うような手軽さで手に入る。できればそのとき、どこに着ていきたいかのイメージがあるといいと思う。そしてその行きたいところを期限と定めて、数回の反復練習をしてほしい。あとは褒められに出かけるだけ。
 
そうだ。最後に似ていないところを挙げておきたい。それは、外国語の習得は実際に会話してみることが不可欠だが、着つけは一人で練習できる点だ。世の中には、一緒にやる人がいればがんばれる人と、一人の方が集中できる人がいる。もし、ある程度までは一人でがんばりたい職人気質のあなたなら、きっと着付けは覚えられる。
 
ここまで書いて気づいた。私のもう一つの「いつか」も、もうすぐかもしれない。
 
 
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2018-09-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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