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家庭教師のススメ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:香川花子(ライティング・ゼミ木曜コース)

私は、大学時代にアルバイトで始めた家庭教師をそのまま仕事にし、数年後、プロ家庭教師として登録された。プロ家庭教師とは、どんな生徒が来ても志望校に合格させる、とても遣り甲斐のある仕事だ。

でも、私がこの仕事を大好きだと思ったのは、プロになる前。まだアルバイトをしている頃だった。家庭教師ということで、私は、多感な時期の中高生の固い殻の中に入れてもらうことができた。彼らの時間や空間を共に過ごしている時、あー、私は今、とても大切なものに触れているんだ、という感覚がいつもあった。

私がまだ20代前半の夏だった。中2のA君は、鍵を掛けた部屋で過ごしていた。初回指導の日、お母様が部屋をノックすると、彼は不機嫌そうに鍵を開け、私が入るとすぐにまた鍵をかけた。彼は固い殻の中で、自分を守っていた。私は、彼にとって異質な存在になってはいけないと思い、なんとかこの部屋に同化しようと思ったが、彼の部屋はスタイリッシュで、棚には新品のカッコイイ靴が整然と並べられていたし、私がその部屋に同化するのはどう見ても難しそうだった。私がそれを打ち明けると、彼は「悪いけど、この部屋、それなりにカッコイイからね」と言った。それから彼は、自分が昔履いていたのであろう、古いジーンズを出してきて「これ、履いてみて」と言った。私はその日、まんまと3千円を支払わされ、ジーンズでパンパンに膨らんだバッグを隠しながら、お母様にご挨拶をして、足早に玄関を出た。

秋が過ぎ、冬になっても、相変わらず、A君はドアの鍵を開けなかったが、焼き芋売りがリアカーで家の前を通りかかったある日、彼は棚に並べてある靴の中から一足を手に取って、掃き出し窓から出て行き、中庭を突っ切って焼き芋を買ってきた。やはり、その焼き芋代500円は私が支払うことになったが、寒い日に二人で頬張った焼き芋は、甘くて美味しかった。

でも、その時の私はまだ、彼に固い殻を破らせる力はなかった。私は、彼の固い殻にすっぽり一緒に入ってしまっていたし、彼を合格まで導いていく厳しさを持つこともできなかった。中3の夏になる頃、私は自ら彼に、家庭教師の交代を提案した。彼は嫌がったが、私はどうしても彼を第一志望に合格させたかった。私の後任には、どこかの校長先生をしていたというプロ家庭教師が選ばれた。「あんなハゲ、絶対にイヤだ」という彼に、私は「合格したら、春に遊ぼう」と約束をし、その家庭を去った。

A君を引き継いで一段落した秋のことだった。その日は、網戸の外で秋の鈴虫が鳴いていた。まだまだ志望校の合格レベルに達していない、中3のCちゃんと勉強をし始めて10分ほど経った頃だろうか。Cちゃんは突然「電気、消していいですか?」と言った。それから彼女は、本棚にあった花火セットを取り出し、網戸を開けて、外に向かって花火をし始めた。花火が消えると、Cちゃんは「わー、キレイキレイ」と言いながらパチパチと手を叩いたが、そこに笑顔はなくて、私はその時、何だかとても切ない気持ちになった。私は、彼女の合格に向けて毎回その日に教えるべきことを考えてきていたから、今日はもう彼女は勉強が手につかないのだろうという事に焦ったし、私を信頼して任せて下さっているご両親の気持ちを思うと申し訳なかったが、結局、そのまま二人で花火をした。それから、私の手持ちのお菓子を食べながら、なんとなくお互いその切なさの核心には触れずに、フワッとした話をしながら過ごした。

しかし、翌週、合格への戦略を練り直した私が部屋に入ると、Cちゃんの部屋からは既に花火は無くなっていて「見て見て、これ。私ってエライでしょ。この間、勉強できなかった分」と、彼女は、あちこち質問箇所に付箋を貼って待っていてくれた。そんなに早く傷が癒えることはなかっただろうけれど、それでも彼女は、自分の力で小さな芽を出し始めていた。そして、その日から吹っ切れたように勉強し始め、難しいと言われていた志望校に見事に合格した。

同時に、A君も、後任のプロ家庭教師のお蔭で、見事に第一志望に合格していた。私はその春休み、A君とCちゃんを連れて、約束通り遊園地に行った。共に第一志望の高校合格を勝ち取った二人は、一日中とても楽しそうに話し続け、今までになく生き生きとしていた。私は、楽しそうな二人を見ながら、家庭教師って、やっぱり合格させないとダメなんだな、と思った。

そんな私も、その数年後にはプロ家庭教師として登録され、大学受験生の合格体験記に「先生は厳しかった」と感想を書かれるまでになった。今では、私が年齢を重ねた事もあって、ジーンズを出してくる生徒もいなければ、急に花火をし始める生徒もいないけれど、壊れやすくて繊細な何かに触れている緊張感はいつも感じていて、そんな経験を重ねていける家庭教師の仕事が、私はやっぱり大好きだなぁと思っている。 ***

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2018-09-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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