メディアグランプリ

尋ねられ人の日常


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:下田洋平(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
街中で、よく道を尋ねられる。
 
住んでる街では勿論、旅行先でも、果ては海外にいるときでさえ、声をかけられる。それもアジア系の方々に捕まることが多い。酷い時は1日複数回。もっと酷い時はイヤホンで音楽を聴いている時に、突然そのイヤホンを引っ張られて尋ねられたこともある。片手に摘まれたつい数秒前まで僕の耳に付いていたイヤホンと、もう片方の手で差し出された地図を交互に見たあの日のことは、たぶん一生忘れない。
 
どうしてそんなに海外、それもアジアの人に声をかけられるのか。
 
思い当たる節がないわけでもない。たぶんこの顔のせいだろう。
 
旅行で訪れたカンボジアの入国審査で、(日本のパスポートを出したのにも関わらず)「韓国人か?」と尋ねられたり、その韓国に行った時にはいきなり知らないおじさんに握手を求められ、その後抱きつかれた。韓国語で色々喋ってたけど、一言も理解できずただただ韓国の街中で抱きしめられて終わった。どうやら僕の顔面は韓流寄りらしい。
 
だからかどうかわからないが、特に韓国の人からよく道を尋ねられた。それも日本語でも英語でもなく、韓国語で。韓国から日本にやってきた留学生くらいに思われてるのだろうか。当然返す言葉もなく鳩が豆鉄砲食らったような目をして見つめ返すしかなく、そこでようやく英語で再度尋ねられる。これまでに一人や二人じゃない。本当に多かった。
 
ちょうど10年前、京都に住んでいた頃、市内でも有名なお寺の付近を一人で歩いていた。お昼時だったので、どこかで食事でも取ろうかなとブラブラしていた時に例によって声をかけられた。5、6人の集団で、言葉から察するに韓国の方ということはわかった。例によって韓国語で何やら話かけられ、僕も例によって目を丸くして「ワカリマセンヨ」という意思表示をしていた。
 
普段ならそこで英語あるいはカタコト日本語によるやりとりに移行するけど、その時は違った。さっきよりもゆっくりと、そしてさっきと同じように韓国語で再び尋ねられた。違う、早くて聞き取れなかったわけじゃない。仕方なく、「私は韓国語を喋れません」という旨を英語で先方に伝えた。日本語ではなく英語にしたのはこちらからできるせめてもの譲歩である。とはいえそれを聞いてなお、韓国語で同じことを繰り返し聞いてきた。どうやら英語もわからなかったらしい。その国の言葉、ましてや英語すらも知らない状態で異国に足を踏み入れる勇気と度胸にえらく感動した。
 
が、感動したところでその感動を伝える術もない。何を聞かれているのかもわかないし、何を答えていいのかもわからない。ただただ僕の「ソーリー」という声だけが虚しく響いた。向こうも諦めたらしく、結局ひとつも分かり合えないままその集団と別れた。
 
なんとなく後味悪い気持ちになりながらも、それでもお腹は空いていた。考えるのも面倒臭くて、少し歩いたところにあった関西で有名な餃子のチェーン店に入った。案内された二階の席に座り、パッと目についた定食を注文した。迷った時はとりあえず適当な定食を頼んでおけば間違いないのが、このチェーン店のいいところである。
 
しばらく待ってテーブルに運ばれてきた餃子定食をもぐもぐと食べながら、周りを見回していた。この店は1階が厨房とカウンター席、2階がテーブル席になっていて、その時2階には自分しかいなかった。なので見回すといっても特に見るものもない。若干聞こえる厨房の音をBGMにしながら、どこを見るでもなく餃子と景色を往復していた。
 
すると階段を上ってくるいくつかの足音が聞こえた。自分が案内された時点でカウンターは満席だったし、その時すでにお昼のタイミングから少し外れていたけどそれでもいつ客がきてもおかしくない。別に気にもとめず引き続き餃子を食べていた。団体は僕が座っていたテーブルの横の席に案内された。
 
それが僕と彼らの、再会の瞬間。
 
横に座っていたから最初は気づかなかった。別にそっちに視線も向けてない。おかしいなと思ったのは向こうが何か喋り始めた時。明らかに日本語ではなかった。そして明らかに聞き覚えがある声だった。それもそのはず、ついさっきまで聞いてた声。ひとつも意味は理解できなかったけど、声の主くらいは覚えている。
 
まずはじめにこちらが気づいた。とはいえ目を合わせるのも気まずいので、一度ちらっと見て確認した後は二度とそっちを向かずに急いで食事の残りを食べた。なので向こうが気づいていたかどうかは定かではないものの、途中明らかに声のトーンが落ちた瞬間があったのでおそらく気づいていたのだろう。別に悪いことをしたわけでもないのに、何と無くそそくさと店を後にした。
 
お昼時、どこか食事をする場所はないものか。お寺の周り、目につきそうなところにはそういった場所は見当たらない。さて、どうしよう。そんな時に向かいの方からこっちで暮らしてそうな同郷の人間が歩いてきた。彼に聞けばご飯を食べる場所がわかるかもしれない。助かった……というのが僕に声をかけるまでの彼らの心の声。そしていざ声をかけても全く言葉は通じないし、お店教えてくれる気配もないし、何この役立たず。もういい自分たちで探すわ。というのが僕に声をかけている時の彼らの心の声。どちらも聞いたわけじゃないし、あくまで僕の想像でしかない。とはいえ仮にそんな状態でやっと見つけたご飯屋さんでその役立たずが呑気に餃子を食べてたら……僕だったらもうその国のことが嫌いになりかねない。由々しき事態だ。ごめんなさい。なんてことを言ったところでなんの解決にもならない。
 
この時ばかりは流石に韓国語を少し勉強してみようかなと、思った。
 
それから10年が経ち、相変わらず道を尋ねられることはあるものの、それも昔ほど多くはなくなった。海外でも自由にスマホが使えるからだろう。僕に聞くよりgoogleやsiriに聞くほうが圧倒的に楽だし圧倒的に正確だ。自分でもそうする。
 
世の中が便利になるのはとてもいいことだ。だけど、それと引き換えにコミュニケーションの機会を失ってしまったのは少し寂しくもある。イヤホンを引っ張られることも、ご飯屋で気まずい思いをすることもない。道案内という機会を通じて、逆に色んな面白い人と話していたことを改めて実感した。
 
だからこそ、これからも道を尋ねられた時には誠心誠意対応しようと思うし、海外の人に声をかけられても今ならもう大丈夫。困ったときは携帯電話片手にこう言えばいい。
 
「hey siri! 通訳して!」

 
 
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2018-09-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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