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光になりたい


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【10月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ユリ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
開演時間まであと1時間。会場となるライブハウス近くのドトールで軽い夕食をすませる。外はバケツをひっくり返すような雨が、昼過ぎからずっと降っている。
私のことを覚えているか。会うことができるか。そもそも今日出演するのか。
大量に買った差し入れを目の前に、期待と不安で落ち着かない。意味も無くおしぼりで何度も手を拭ってみる。
 
「音楽やってる子がいるみたいだよ」
 
九州へ引っ越すために退職した学校の元同僚からは、「◯◯が異動した」「◯◯が辞めた」「◯◯が結婚した」などといった職場情報が退職後も私の耳にまで頻繁に入ってきていたけれど、学生の情報が入ってくることは本当に稀だった。
 
ずっと私が気になっていた学生と、音楽をやっている子が同じ人物とは限らない。とりあえず名前をネットで検索してみる。
 
あった。あの子だ。
 
その学生は大学1年生の頃から、私が担当する教務課へしょっちゅう来ていた。
 
歯医者へ行って授業を欠席した。
大半はそれが理由。
 
「授業終わってから行けばいいのに」
「軽音の練習があるんだもん」
 
いつもそんなやりとりをしていたけれど、そのうちに用も無いのに遊びにきたり、恋愛相談やバイトや部活の愚痴話などをしに来るまでになった。
 
「珍しく今日はちゃんと仕事してるじゃん(笑)」
「いつもちゃんと仕事してるって(怒)」
 
同僚からは、やれやれといった視線を毎回投げられていたが、どこ吹く風で、彼は変わらずしょっちゅう来ていた。
 
「俺が学校卒業するまで、いてくれる?」
「もちろん、いてあげるよ」
 
彼との約束を裏切ることになり、私の最終出勤日は、学生たちの春休み期間中に決まった。
退職することが決まって、退職日が決まって、気に掛けていた学生数人のことが頭をよぎり、その中でも彼のことが最も気になったけれど、一職員が一学生にわざわざ挨拶するのはどうかと思うし、私がいなくなっても他の職員や先生たちが彼をちゃんとサポートしてくれるだろう……。そう思い、何も告げずに退職したが、ずっと彼のことが気になっていた。
ちゃんと学校を卒業できるのか……。
 
そんな彼がドラマーとしてバンドを組み、インディーズながら初の全国流通盤となるCDをリリースし、全国ツアーの一環として初めて九州に来る。そんな情報を知って、いてもたってもいられなくなった。この機会を逃したら、もう二度と会えないかもしれない。卒業するまでいてあげられなくてごめんねと謝るなら、今回が最初で最後のチャンスかもしれない。
 
ライブの時間が近付いてきたため、ドトールを後にし、ライブハウスへ向かった。
簡易的な受付でチケットを買い、バーカウンターでジンジャーエールを注文し、ライブ会場の後ろ側の隅っこに陣取った。
 
出演者5組中、彼のバンドの出番は最後のようだ。
4組目の曲が全て終わり、次に登場するメンバーたちが暗がりのステージの中、慌ただしく準備を始める。暗い中でも、まさしくあの彼だとすぐに分かった。
 
一瞬にして、眩しいほどの光がステージに照らされ、軽快なドラムビートが小さなライブ会場全体に広がり始めた。
 
1曲、2曲、3曲……。
事前にYouTubeで繰り返し聴いていたはずの曲は、ライブハウスでは全く別の曲のように聴こえ、振動と共に何度も体の奥深くまで伝わってくる。
 
前はベースを担当していたはずなのに。
あんだけ学校休んでたのに。
あの彼女とはどうなったんだろう。
あれからちゃんと卒業できたのかな。
 
彼への思いが走馬灯のように頭の中を駆け巡る。けれど、彼が私のことを覚えているかどうかは分からない……。
 
全ての曲が終わり、彼がバーカウンターへ行ったところで私は声を掛けた。
 
「えぇーっっ!? なんでいるの!?」
 
私のことをしっかりと覚えててくれた。
驚きながらも私が来たことをすごく喜んでくれた。
 
「ちゃんとバイバイできずに学校中退しちゃったから、俺もずっと引っ掛かってたんだ」
 
私と同じように、彼も私のことを気に掛けてくれていた。
 
ゼミでつまずき始めたこと、学校よりも音楽と仕事に注力したくて中退したこと、都内にあるライブハウスで働きながら音楽活動をしていること、いつかはメジャーデビューしたいと思っていること……。時間が許す限り、お互いの空白時間を埋め合わせた。
 
「彼をどうぞよろしくお願いします」
 
メンバーへの挨拶に「お母さんみたい」と彼に笑われながら、ライブハウスを後にした。
 
 
彼らの曲の一つに、「夢に向かって光を照らし続けよう……」というような一節がある。彼らのCDの一番目に来る曲であり、私の好きな曲でもある。
 
私の他の知り合いにも、音楽でメジャーデビューを目指したり、俳優やサッカー選手、芸人を本気で目指し、志し半ばで他の道に進んで行った人が大勢いる。心の体調までも崩してしまった人さえもいる。
夢や希望を持つこと自体は簡単だ。けれど、それを実現させることは、本当に難しい。昔は私も、馬鹿げたようなたくさんの夢や希望を持っていた。今の私はどうだろう。積み重なった経験値だけに左右されて、実現するのが難しい夢や希望を持つこと自体が、そもそも自分の中で憚られる。年齢だから、立場があるから、経済的に難しいから、いろんな理由をかこつけて、自分を必死に正当化しようとする。
 
私として置き換えたら、彼の夢は、なかなか実現が難しい大きなものだ。彼は私よりずっと若いから、無謀とも言えるようなことをしても、まだまだ許される年代なのかもしれない。
けれど。誰がそれを無謀と決めるの? 許される年代って何? 立場があるから? お金の問題? 大きな夢や希望を持っては本当にいけないの?
 
真摯に、前向きに、熱くまっすぐ夢に向かう彼の姿は、私にとって眩しいくらいに光る発光体そのものだ。そして、その彼から発する光が、今や私を照らす光ともなっている。私の夢や希望を、強く暖かく、時に眩しいほどに、思い出させる光となっている。
 
「今日は来てくれてスッゲー嬉しかった。もっとおっきなハコでやるライブもスゲーいいから、また来てほしい。将来ぜったい有名になって、そんときはVIP席を必ず用意しとくから」
 
その時が来たら、大きな花を会場に送って、私は私でとびっきりのオシャレをしてVIP席へ向かおう。ステージ上から発せられる彼という光を、眩しいほどに全身で浴びたい。もし彼が光を失いそうになった時は、私が彼を照らす一筋の光となって、明るく大きく暖かく、更なる彼の夢に向かって、優しく照らしてあげたい。
 
あの日の彼のステージ上での姿が、眩しいくらいに、今でも私の脳裏にしっかりと焼き付いて離れない。
 
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2018-09-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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