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記事:弘中孝宜(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「昨日の試合、おめでとう」
コロンビアにいるホアンから、メッセージが来た。
ワールドカップロシア大会グループリーグ初戦の日本対コロンビア戦、開始早々コロンビアのディフェンダーが退場となり、有利に試合をすすめた日本が勝利した。私は両方を応援していたから複雑な気持ちだった。
エンジニアとしてコロンビアの炭鉱を始めて訪れた時、ボゴタから炭鉱の最寄りの空港へ3列シートの小型機で飛んだ。空港にはホアンが迎えに来てくれることになっていた。着陸前に日が暮れかけていて、荷物を受け取ったときにはあたりは暗くなっていた。直接会うのは初めてだったので自己紹介を済ませた後、彼が尋ねてきた。
「家族はどう? 元気?」
「あぁ、元気にしている」
この挨拶はずっと変わらない。彼らはあいさつ代わりに家族のことを話す。それは彼らが家族のことを大事にしていることの、何よりの証だ。
ピックアップトラックに荷物を積み込み、空港から炭鉱に向けて移動する。道路は途中で炭鉱から石炭の積出港へ続く線路に合流する。線路沿いにはライフルを持った兵士が数百メートルおきに立っていた。ときおり反政府勢力が線路を襲撃するのだ。ピックアップトラックのライトに、兵士たちの白い眼と歯、それにバイクの反射板が光って見えた。炭鉱は赤道の近くにあり年中蒸し暑いが、普通のピックアップトラックに後から防弾加工をしているため、窓は開かなかった。
出迎えは物々しかったが、人々は勤勉だった。鉱山によっては入手できるデータが限られていたが、その炭鉱はよく管理され操業関連の情報がそろっており、我々にも貴重なデータを提供いただいた。設計者にとって製品に関連するデータは生命線だ。製品を設計する技術は測定データ以上に進歩しない。なぜなら、測らなければ製品をうまくコントロールできたかどうかも分からないからだ。データが無ければエンジニアの出る幕は限られている。設計、開発の仕事を何年もしていると、開発プロジェクトで成功や失敗をいくつか経験する。今まで世の中にあったものより良いモノあるいは異なるものを作るのだから、成功率は100%ではない。成功も失敗も実力に伴った結果だと言えばそれまでなのだが、一連の仕事を全部自分で行うことはできないから周りの協力が不可欠だ。その時の仕事ではデータがなくて本当に困っており、質の高いデータを提供してくれる会社は何よりもありがたかった。彼らと一緒に仕事をして成果が出なければ世界中のどこでも成果など出せない。そう思うほど協力的な人々だった。しかし、製品開発に時間がかかることもあり、私の派遣中に製品のかたちで彼らの協力に十分応えられなかったと感じていた。派遣先の南米から日本に帰任する飛行機の中で、いつか恩を返す。そう思った。
 
「で、何する? 会社の利益になることだったら何をやってもいい。必要なものやデータがあったら何でも言ってくれ」
彼らと別れてから2年後、インターンとして再び訪れたコロンビアの会社のオフィスで、スタッフたちに初日の挨拶を済ませた後、社長が私に聞いた。
私は会社を辞めMBAに留学し、MBAのプログラムの一環で例のコロンビアの会社に3か月間の予定でインターンとして雇っていただいた。会社の肩書が無くなって丸腰になった私を、会社は短期ビザ発給のサポートまでして迎え入れてくれたのだ。その上、仕事で何をするかも自分で決めていいという。何回か一緒に仕事をしたことがあるとはいえ破格の待遇だった。仕事を辞め、会社を離れるとわかる、自分を信じて仕事を任せてくれることのありがたさを。恩を返すつもりが、それ以上に大きなものを受け取ったと思った。今度はエンジニアとしてではなく、経営企画の担当として期待に応えられるように3カ月間集中して働いた。
コロンビアに滞在中、やることもないだろうからと週末に社長の家族に混じってボゴタ周辺の観光にも何回か連れて行ってもらった。ここでも親族の結束の固さを感じる。週末、彼らはいつも家族と一緒にすごす。結束は、治安もあまりよくなく、国全体が豊かではない中で生きてゆくための知恵なのだと思う。彼らの家族と一緒にいると、フレンドリーな物腰の奥に、もう一枚の心のドアがあると思う。表向きの顔と、もう一枚のドアの奥は、家族や本当に信頼する人にしか見せない顔。
インターンも終わりに近づき、それまでの検討結果の説明と経営改善の提案を行った。彼らは中身を気に入り、失敗しても痛手の少ない案から実行に移すと言った。
「インターンを雇っても、通常は学生が我々の仕事の仕方を学ぶだけで終わってしまうが、今回のインターンはお互いに有益だったと思う。我々も君から学ぶことがあった」
私が受け取ったものを少しでも返せたと思うとうれしかった。
そのあと、ホアンと彼の義理の弟と一緒に昼ご飯を食べに行った。彼がコロンビアで生活した感想を聞いたので、正直にこの国の素晴らしいところと、将来の可能性について述べた。すると、普段にこやかなホアンが、若い時に経験した理不尽な事件について語り始め、怒りをあらわにした。彼は自国を愛しているが、同時に負の側面も見てきた。私がいい側面のことしか言わないので、バランスを取ったのかもしれない。私は彼の話を聞くことしかできなかったが、その話は信頼のおける人にしか話さないものであることはわかった。彼の心の中のドアが少し開いたと思った。
 
コロンビアチームには出だしの負けを何としても取り戻してほしかった。ロシアワールドカップグループリーグが終わり、コロンビアと日本が決勝トーナメントへの進出を決めたときはうれしいと同時に、ほっとしたのは、言うまでもない。
 
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2018-09-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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