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【10月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:イシカワヤスコ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
彼の名はアルベルト。
わたしが17年連れ添っているパートナー。
物静かで力強く、頼りになる大好きな存在だ。
 
17年前、10年以上一緒に過ごしていた大切な相棒がある日いきなり姿を消した。
街中や会えそうな場所を探して回り、警察にも届けたけれどとうとう行方はわからなかった。
相棒のいない淋しさ、日常の不便さに、渋々ながら次の相手を探すことに。
家の近くの店に、アルベルトはいた。
いなくなった相棒と同じようなスペックで、一回り大きな黒くてつややかに光るボディに惹かれ、お持ち帰りした。
5万円也。
手痛い出費だけれど、最寄り駅まで徒歩20分の実家に住む身には、やむを得ない。
そう、彼はわたしの愛車、My自転車だ。
アルミフレームのベルト車だから「アルベルト」。
ブリヂストンの命名センスに乾杯。
もう少しお手頃な価格の物もたくさんあったけれど、10年以上も故障ひとつなく乗れたベルト車の快適さを知ってしまったら、もうチェーン車には戻れないのだ。
 
アルベルトには、子分がいる。
「空気ミハルくん」。
その名の通り、フレームにくっついた透明なカプセルの中に空気圧を知らせる目盛りがついていて、タイヤの空気の減りを教えてくれる、とても優秀で誠実な男の子。
ただ問題は、わたしが「空気ミハルくんをミハル子ちゃん」にならないといけないことだ。
ミハルくんを見るためにはいちいちしゃがまなくてはならず、それよりも乗っている時の「あれ、漕いでるわりに進んでなくない?」という体感をあてにしている。
ミハルくん、ごめん。
 
そしてもうひとり、わたしがあてがったお友達がいて、こちらは「パカッとさん」。
これもれっきとした製品名だ。
前かごに取り付けるカバーで、盗難防止と雨よけを兼ねている。
ファスナー式のように開け閉めの手間がいらず、フタが手前側にパカッと開いてとっても便利だ。
 
17年という時間は長い。
アルベルトに出会ってから数年後、実家を離れたわたしは朝から晩まで狂ったように働いていた。
朝、駅の屋外駐輪場に止めたアルベルトには、夜になるとしっとりと夜露が降りる。
夕飯も食べないまま終電で帰って来ると、広い駐輪場でひとりポツンと取り残され、わたしの迎えを待ちわびているアルベルト。
まるで忠犬ハチ公のようだ。
今日も待たせてごめんね、と少し切ない気持ちで鍵を外す。
サドルやハンドルの水滴を払い、誰もいない夜道を走り出す。
「もう僕は疲れたよ、アルベルト……」と、パトラッシュに寄り添うネロのように、くたびれきった身体をアルベルトに預けて寒空の星や月を見上げる真夜中サイクリングも、いまとなっては美しい思い出だ。
 
時間に余裕のある最近は、電車で数駅先の距離までアルベルトを漕いでいくことも増えた。
身体が温っていい運動になるし、電車の車窓から気になっていた建物を見に行ける。
地図で道を調べて頭に入れて、脳内カーナビのようにどの辺を進んでいるのか考えるのも楽しい。
少しずつ距離を延ばし、片道12Kmの実家がいまのところ最高記録だ。
「チャリで来た」
とあの名ゼリフをキメて親をびっくりさせるのもまた楽しみのひとつだ。
往復で24Km、さすがに帰りはひざが震えるが、うっすらと汗をかきながら風を切って走るのは最高に充実した気持ちになる。
 
先日も、片道10Kmの買い物兼サイクリングに出かけた。
家を出て早々に「あ、まずい」と思った。
漕いでも漕いでも進まない。
あぁ、ミハルくん、ごめん! またわたしミハル子になれなかった……。
道中で自転車屋さんに寄って空気を、と思ったもののまったく店がなくて、一生懸命漕いでるのに小学生にバンバン抜かされる、コントのような往復20Kmの汗だく鈍行サイクリングになった。
 
アルベルト17歳、犬や猫で言うともうかなりのご長寿さんだ。
避けられないのが経年劣化。
変速機のプラスチックパーツは割れて欠け、ブレーキを包むチューブはヒビが入っている。
前輪に付いている昔ながらの爪先でオンオフするタイプのライトも、スイッチのカバーが半分欠けている。
ハンドルのゴムも、ペダルもサドルもタイヤのゴムも、もう純正品ではない。
もはや自転車屋さんに修理の相談をしても
「え?……買った方が安いっすよ」
と言われる。
しかし、あちこちにガタがきているが、アルベルトをアルベルトたらしめているアルミフレームとベルト部分にはまったく問題がない。
あの時の5万は決してムダではなかった。
パカッとさんも歳を取り、鮮やかな青は色あせ、カゴにくくりつけるためのヒモはちぎれた。
替わりに100円ショップで伸び縮みするコイルタイプのコードを取り付けたら、あら不思議。
前よりもグッと使い勝手が良くなってしまって、ますます愛着がわく。
 
断捨離が良しとされる昨今。
わたしも着ない服、使わないモノを処分することはできる。
しかし、日々使っていて古びていくものは?
欠けた物を使うなんて、自分を大切にしていないのと同じ。
機能のいい新しいものを使う方が断然便利。
そんな意見を目にするたび、じゃあわたしはどう思う? と自分に問いかける。
できる限りのメンテナンスをしたいし、この自転車の寿命を大切に見届けたい。
こどもを産んだら電動自転車に買い替えようと思っていた時期もあるけれど、その機会は未だ訪れずに今日にいたる。
ここまで来たらもう、アルベルトが動かなくなるまでそばにいるのがいいかな、と思う。
アルベルト、もっともっと、いろんなところに一緒に行こうね!
 
***

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2018-09-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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