サボテンがお尻に突き刺さった〜母と人外の仁義なきバトル
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:渡辺ことり(ライティング・ゼミ平日コース)
いつか大変なことになるのでは、と心配していた。
我が家の玄関に増殖していく、サボテンのことである。
幼少期の私は山奥の教員住宅に住んでいた。
まわりは杉の木と草花と田んぼばかり。
そんな環境下で母がなぜ、さらなる緑を求めたのかは謎である。
とにかくその頃、母はサボテンに凝っていて、玄関の一角は大小様々なサボテンで埋め尽くされ、メキシカンな様相を呈していた。
わが家には3歳の弟がいる。
小1にしては慎重な私と違い、やんちゃざかりの男の子だ。
いつか悲劇が起きるのでは、と子供心に危惧していたが、予感はついに当たってしまった。
「もぎゃああぁぁぁ」
つんざくような悲鳴に飛び出していくと、母がサボテンの上に倒れこんでいた。
それはもう、見事にどっかと後ろ向きに座り込んでいる。
剣山の上に乗っかったようなものだ。
悲劇の主が、弟ではなく母だったことに驚きながらも、私は彼女を助け起こした。
母は大騒ぎしながら、部屋の中でうつぶせになった。
「なんと……」
むき出しになった臀部を見て私は唖然とした。
大量のトゲが衣服を貫通し、びっしりとお尻に突き刺さっている。
しかもトゲのほとんどが、中程で折れ肉に埋もれて、とんでもなく痛々しかった。
これを今から抜くのかと思うと、目眩がした。
幼い弟まで動員して、ある程度のトゲを抜き終わった時、もう日は落ちていた。
翌日、サボテンは全て撤去された。
サボテンに罪はないが、母としては正直、見たくもなかっただろう。
トゲのある植物の危険性を、母は身をもって証明したのだ。
それから数年経ち、小学校の高学年になった私は、家族と日帰り旅行に出かけた。
メインイベントは蝋人形館。
全員分のチケットを持っていた母は、勢いよく窓口の蝋人形にそれを差し出した。
「はい」
もちろん人形は反応しない。
「はいっ」
反応しない。
母は次第にムキになっていく。
「はいっ。はいっ」
眼の前に持っていったり、一度引っ込めてみたり、言葉かけを変えたりと大忙しだ。
私は首をかしげた。
「この人は、何と闘っているんだろう」
リアルな蝋人形ならまだしも、眼の前にいるのは明らかに作り物だ。
プラスチックっぽい肌の質感といい、髪の毛のてかり具合といい、蝋人形館のウェルカムドールにしては、残念なクオリティなのである。
本物の受付嬢とは似ても似つかない代物に向かい、母は肩をいからせて、不毛なやりとりを繰り返していた。
「花子(母の名前。仮名)、あんた……それは……」
祖母が呆れ顔で声をかけると、母はムッとしながら振り向いた。
「はあ? なに?」
弟が「お母さん、それ人形」と言いにくそうに真実を伝えた。
「え?」
「貸しなさい」
父が、母の手からチケットを奪い、本物の受付嬢に差し出す。
2人いた受付嬢は、手を取り合い、涙を流して笑い転げていた。
そんな母が最近、回顧録を書きたいと言いだした。
山奥で子供を生み育て、それなりに面白い人生を歩んできた。
人生の棚卸しと言う意味で、今までに起きたあれこれを書き留めておきたいのだと言う。
彼女はエピソードの宝庫である。
特技や友人が非常に多く、意外にも街を歩けば、50歳くらいまでナンパされていたという、そこそこのルックスの持ち主。
吉本新喜劇、教育番組、2時間ドラマなど、どんなフィールドでも、ばっちり主役をはれるタイプなのだ。
楽しい回顧録ができるに違いない、と私は期待した。
やがて母は見事な達筆で、プロットを書き上げた。
ウキウキしながら読み始めた私は、すぐに失望を味わうことになった。
紙に書かれてあったのは、家族で山菜をとりに行った話とか。
弟が猫にひっかかれた話とか。
山の斜面をランドセルがコロコロ転がり落ちて、私が泣いた話とか。
なんかもう、ふーん、そんなことがあったよね。覚えてるよ。懐かしいね。それで?
ってなるみたいな、端的に言うと、退屈なエピソードばかりだったのだ。
私なら、こんなエピソードを選ぶ。
例えば、幼少期、牛に乗って学校に通っていたこととか。
火の玉を見て腰を抜かした話とか。
冬になると新聞紙を体に巻き、ミノムシ状態で暖を取っていたこととか。
ボウリングをプレイするたびに、漫画みたいにどてっと真横に倒れていたこととか。
紀州犬に2回も噛まれたこととか。
天然な母には珠玉のエピソードが満載だ。
私と弟のことを書くよりも、母自身を掘り下げたほうが、よっぽど面白いコンテンツになる。
ところが、母には回顧録を面白くしたい、という欲は全くないようだった。
母にとって残しておきたいのは私たちとの思い出なのだ。
そこにリーダビリティなど、必要ないらしい。
理解はできるが、日々リーダビリティを追求しているライターの私は、もったいないと思ってしまう。
すると母はポロッとこう言った。
「そんなに言うんなら、あなたが書いてみんけんよ」
え? いいの?
ほんとに書くよ?
というわけで、私は母について書くことにした。
選んだエピソードは2つ。
サボテンの餌食になった母。
蝋人形館で繰り広げられた、母と人形の真剣勝負。
この記事の冒頭に書かれたものである。
ずっと忘れられなかった、母と人外のものとのバトル。
記事に残せて私はとても満足だ。
面白エピソードの数々は、母から私への貴重な遺産だ。
だから、これからも時々、母について書いておこうと思う。
次代に引き継ぐ意義は……残念ながら見当たらないが、時々読み返してくすりとできれば、それで良い。
もしかしたら、泣きながら読む日が来るかも知れない。
過去というやつは、どんなものでも、振り返ればほろ苦く、胸を締め付けてくるものだから。
母の回顧録は順調なようで、会うたびに新しいエピソードが追加されている。
この間はこんなことを言っていた。
「そういえば、芋虫を箸でつまんで、しゅうちゃん(弟。仮名)の顔の前につきだしたら、泣きじゃくってねえ。あれは面白かったわい」
芋虫を箸でつまみ、幼子に見せて泣かせる女。
シュールだ。
ハートフルエピソードよりも、そっちの方がよっぽど母らしい。
オモシロ回顧録の誕生は、案外間近なのかも知れない。
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