彼らがルネサンスをくれた
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事: 小林 千鶴子(ライティング・ゼミ日曜コース)
その年の秋、我が家は父を喪った。
余命を自覚し、最後まで自分らしく、いつもの場所で生きたいと切望し努力した父の最期は、父の思い通り、住み慣れた自宅で、家族に囲まれ、札幌からかけつけた医者である末息子に脈をとられながらのものだった。
哀しみの中にも私達には一種の安堵感があった。
父は洒脱だった。ユーモアがあって、話好きで話上手だった。父の話を聞いていると、極上の落語を聴いているような気になった。寄席に行くと父に話しかけられてるみたいな気持ちに、今もなる。
年末年始は、札幌の末弟一家が帰省してくる。父を筆頭にお酒好きな我が家の年越しは、紅白も除夜の鐘も杯を傾けながら、賑やかな会話が飛び交うもので、0時になると皆でグラスをぶつけ「あけましておめでとう」を言うのが習慣だった。
その中心になる人がいなくなってしまった。
甥が中学受験を控えていたこともあり、その年末は末弟一家も帰省せず、寂しい年越しになった。
母も、そしてお酒が好きな長弟も早々に就寝。一人居間に残った私は昨年までと違う年末に寂しさもひとしおで、一人お酒を飲みながら、なんということもなくテレビのスイッチを押した。
映ったのは、ジャニーズのカウントダウンコンサートだった。
「なんだ、ジャニーズか」
すぐにチャンネルを変えようと思ったのが、どうして思いとどまったのだろう。
でも、次から次へと、おもちゃ箱をひっくり返したように現出する煌びやかな光景に目を奪われ、気づいた時には侘しくテレビを点けた時と天地ほども違う心の高揚を覚えていた。
見入っている間に中継が終了。
「嵐」が初めてカウコン(カウントダウンコンサート)の司会を務めた年のことである。
ジャニーズなんて、可愛い男の子の学芸会だと長いこと思い込んでいた。とんでもない偏見だ。当時の私に会うことがあったら、「馬鹿野郎」と言ってやりたい。
カウコンに登場するジャニーズは、見る人を飽かせず、次から次へとあの手この手で仕掛けを用意し楽しませてくれる。彼らが乗ったフロート(移動車)やトロッコの軌跡に観客の視線と歓声が華やかに続く。私もいつしか画面の中の彼らを追っていた。ただ純粋に楽しかった。
嵐の司会もよかった。人への共感、敬意や思いやりが感じられた。すごくまっとうな人達なんだと思った。
それ以来、ジャニーズが気になるようになった。
嵐の歌声が聞こえるとテレビ前に走った。
夫を喪い、一人過ごす夜が耐えがたい日々、母が嵐の番組を見て声をあげて笑うようになった。そんな母の姿を見て、私は嵐に感謝した。
それから数ヶ月。私は初めて嵐のライブに参加した。
ライブ当日。
開演を前に、嵐に会えると華やぎ、会話も弾んでいる周囲の中で、お一人様での参加だった私は、話す相手とてなく、日傘さして持参の文庫本を読み耽っていた。
初めての体験ということもあり、どう振る舞っていいのかわからなくて。
でもひとたびライブの幕があけば、皆同じ熱狂の渦に突入。5人の登場とともに、私は歓声をあげ、右手に掲げたペンライトを振り回していた
そして、大仕掛けのセットや演出とともに何曲かが過ぎた頃、胸に湧き上がる感慨に、ふとデジャブ感を覚えた。
そう、それは二十代。夢中で追いかけたスペインの名テノール、故アルフレード・クラウスの名唱に打ち震えたのと同じ胸の高鳴り。そして、クラウスが膵臓癌に斃れた時、一緒に葬られてしまった心の動き。
死んでしまった魂はもはや蘇ることはない。私の青春の一部分は確実に死に絶えたと思っていた。
死せる魂に蓋をしたまま10年以上が過ぎた。そして今、嵐を前に蘇生し、以前と同じ熱量で、以前と同じ高らかな呼吸をしている。
胸が熱い。喜びと感謝で満たされる。
魂のルネサンスだった。
見回せば、7万人の観客が皆同じ方向を見、同じようにはちきれんばかりの笑顔。その視線の先にいる5人は汗を迸らせ、上下し、四方八方動き回るセットの上で、時に炎に煽られながらも終始笑顔で、私達の興奮をさらにかきたてる。
すごい! 世の中にこんな世界があったなんて。
彼らは人を幸せにしたくてやってるんだ。刹那の楽しみでも、世や人生の憂さを忘れさせ、明日への活力を取り戻させてあげたいと願ってやってるんだ。
そうも感じた。
ルネサンスの到来に、私は脳天をなぐられるような思いだった。
ジャンルが違うだけなのだ。
クラウスの名唱は忘れがたい。気品があって、スタイリッシュで、温かく熱かった。モーツァルト、ドニゼッティ、ベッリーニ、ヴェルディ。いわゆる「クラシック音楽」という部類に属するものだろう。
留学中、立見に日参したオペラはまさに総合芸術だった。
でも、嵐やその他ジャニーズだって、エンターテインメントを総合的に表現したもので、その質においてクラシック音楽やオペラに劣るものではない。
ジャンルが違うだけの話だ。
私には物事を格づけや優劣で判断する偏狭なところがあった。変に高級志向なところがあった。その偏見がどれだけ人生を狭めてきたのだろう。
嵐に、ジャニーズに出会って、私の魂はルネサンスを迎え、偏見から解放された。
それ以前とそれ以降で私の生活は変わった。見方が変わったことで行動半径も広がり、人との出会いも増えた。「面白い」ことが格段に多くなった。
それは父の死から始まった。
父は死んで尚、一人娘の心配をしてくれているようだ。
そして私はルネサンスを与えてくれた5人に感謝し、今まさに次のツアーへの助走期間に入っている。
早く嵐に会いたい! そして、嵐に「ありがとう」を伝えたい。
折しも、今日は父の命日。
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