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我が告白に一片の悔い無し


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記事:牧 美帆(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「あのさ、それ、重くない?」
 1993年、私が中学校に入学して1ヶ月が経った頃のことだった。
 大きなゴミ袋抱えたままドアを開け、廊下に出たところで、私は同じクラスの広田くんに声を掛けられた。手には古びた箒を持っている。
 
「あ、なんか今日に限って、ゴミがいっぱいで……」
 そう言いながら立ち去ろうとすると、広田くんがさっと片手で私からゴミ袋を奪った。
「それ、俺が代わりに行ったるわ」
「へ? でもゴミ捨ての当番やから……」
「ええよ、ちょうど職員室に用があるから、ついでに行ったるわ」
 広田くんは、そういうとガタガタと箒を掃除用具入れにしまう。
「えー、広田ってば、女子に優しい!」
「前からそんな女子に優しかったっけー?」
 廊下にいた、周りの男子が口々にからかう。
「うるさいなぁ、あいつが昨日、学校休んどったからやんか!」
 と言いながら、広田くんは足早に廊下の向こうに消えていった。
「…………」
 私は周りのにやにやした顔と視線に耐えられず、バタバタと教室に戻った。
 確かに私は昨日、風邪を引いて学校を休んでいた……。 
 小学校の頃から地味で目立たない存在だった私は、男子に優しくされたことがほとんどなかった。
 うちの中学校は、3つの小学校の生徒が進学するところであり、広田くんは別の小学校から来たうちの一人だ。
 何だかドキドキする。やっぱり、中学校は違うなぁ……と思いながら、フラフラと自分の席に戻り、そのまま鼓動が収まるまで机に突っ伏した。
 
 そんなわけで、友達と喋っていて「好きな人おるん?」と聞かれたときに、ぱっと思い浮かんだのが広田くんだった。
 それまで「あのときゴミ捨て代わりに行ってくれて嬉しかったな」という気持ちだけだったが、友達にそれは立派な恋だと指摘されて
「ああ、これが恋というものなのか」
 と、初めて自覚した。
 
 私はそれまで学校が好きではなかったが、「広田くんを好きかもしれない」と自覚をしてからは、少し学校が楽しくなった。
 
 憂鬱だった体育の時間も、広田くんの姿を見るとワクワクした。
 広田くんがたとえ見ていないとしても、恥をかきたくないと真剣に取り組むようになった。
 
 また、雨も好きになった。
 広田くんはバレー部、私はテニス部。普段はテニスコートで活動していたが、雨の日は筋トレになるので屋内になり、バレーをしている広田くんの姿を見ることができたからだ。
 夏祭りは、広田くんがいないかとドキドキしながら友達と探した。
 
 美術の時間に広田くんの作品を見るのも楽しみだったし、運動会も合唱コンクールも一緒に入賞の思い出を作りたいと張り切った。
 とにかく、全ての行事が楽しくなった。
 
 そんなわけで、私は片想いで満足していた。
 付き合いたいなんて全く考えたことがなかった。
 付き合っていったい何するの? デートするの?
 一緒に地元のイズミヤに行って、地下のフードコートでお好み焼きでも食べる?
 それとも阪急電車で梅田まで出て、三番街の通路にある小さな水族館で魚を眺めてから、D.D HOUSEでピザでも食べる?
 自分が、友達とやっているようなことの延長しか思いつかなかった。
 
 しかし、私は結局、広田くんに告白をした。
 日にちまで覚えている。1994年2月27日だ。
 なぜ告白したかというと、友達に
「もうすぐ、クラス替えやで!」
「次に同じクラスになる確率は、8分の1やで!」
「多分、広田もあんたのことが好きやと思う!」
 と押されたから、というのが大きい。とにかく、私は押しに弱い。
 
 多分、友達も深い意味はなく「広田くんとくっついたら面白いなー」くらいのノリだったのではないかと思う。
 そして、最終的に告白することを了承したのは、自分自身だ。
 
 手紙、電話、直接……告白の手段はいろいろあるが、電話でということになった。
 電話になった経緯は忘れてしまったが、手紙だと万一落としたりすると大変なことになるので、妥当だったと思う。
 1994年、スマホどころか家庭用の携帯電話もない。ちょうど「ポケベルが鳴らなくて」という歌がヒットした頃だが、中学生が持つ代物でもなかった。
 当然、家の電話を使うことになる。
 友達の家に集まり、電話の子機を借りた。
 そして連絡網のプリントから広田くんの自宅の電話番号を探して、電話をかけた。
 
 数回の呼び出しの後、
「はい、広田ですが」
 と出たのは、きっと声の感じから広田くんのお母さん。
 ドキドキしながら、広田くんに代わってもらう。
 
「……もしもし」
 初めて聞く、電話越しの広田くんの声。
 ゴミ捨ての頃より、少し低くなった気がする。
「あー、えっと、その……」
 心臓がバクバク鳴っている。口の中が乾く。
 つばを飲み込み、大きく息を吸う。
 手が震える。
 そして意を決し告白した。
「あ、あの、わ、私、広田くんが好きやねんけど……」
 友達は皆、あっけに取られている。
 まさかいきなり告白するとは思わなかったんだろう。
 しかし普段そんなに仲良くもない私が「今日の宿題何だったっけ?」などと聞くのもおかしな話だ。そんなもん友達に聞けよってなるだろう。気の利いた話題が、全く思いつかなかったのだ。
「…………」
 沈黙が続く。
 うわ、多分めちゃくちゃ困ってる。
 そりゃ、困るよね、いきなり電話して、好きとか言われたら……。
「あのさ」
「は、はい!」
 断られる! 私は思わず電話をぎゅっと握って身構えた。
 しかし、広田くんの返事は、私にとって予想外だった。
「1週間、時間もらわれへん?」
「へ?」
「1週間、考えるから」
「う、うん……」
 来週の同じ時間に電話をする約束をして、電話を切った。
 へなへなと力が抜けた。
「すごい、頑張ったやん!」
 友達は口々に私の健闘をたたえたが、正直あまり耳に入らなかった。
 
 来週も、その友達の家で、集まることになった。
 正直、一人で電話をすることができなかった。
 
 そして1週間後、私は広田くんに振られた。
「元気だして! 男は他にもいるよ!」
「お好み焼き奢るわ」
「ピザ食べに行こう! 店員さんがB’zの稲葉さんにそっくりやねんて!」
 
 友達は、代わる代わる励ましてくれた。
 
 しかし、私は実は、それほど落ち込まなかった。
 
 理由は2つ。
 1つは、まあ振られるかなと覚悟ができていたこと。
 本当に向こうも嬉しかったら、その場でOKするだろう。
 
 そして、もう1つ。
 電話をしてから、振られるまでにかかった時間は、約5分だった。
 5分間の沈黙のあと、「ごめん」と謝られたのだ。
 広田くんの5分間を、私は独り占めしていた。
 5分間、私のことを考えてくれた人がいた。
 そして、最後に
「ちゃんとしっかり考えて、出した結論だから」
 と言ってくれた。
 
 それは十分、幸せなことのように思えた。
 結局、広田くんと付き合うことはなかったけど、それでもこの1年間、振り返ってみれば楽しい思い出がいっぱいだった。
 好きな人がいることで、世界がいつもとちょっと違ってみえること、好きな人がいることが、何かに取り組むためのパワーになることを教えてもらった1年だった。
 
 窓の外を見る。
 広田くんが見えた
 実らなかった初恋だけど、それなりに得るものはいっぱいあった。
 今すぐには無理だけど、いつかまた、恋をしよう。そう思った。
 
***

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2018-10-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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