メディアグランプリ

田舎で暮らす母親が、携帯電話を手にするとどうなるか。


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記事:みずさわともみ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「母さん、詐欺にあったみたい。もう、死にたい」
 
ある晴れた日のことだった。私の携帯電話に、そんなメールが届いた。
これは、いたずらメールか? いや、そんなはずはない。
仕事中で、しかも私はしたっぱだから電話とか、すぐにできない。
でも、これは明らかな緊急事態だった。
 
母親が初めて、携帯電話を手にした。今から10年以上前のことだ。家の固定電話に、税務署かどこかを名乗る人から電話がかかってきた。
母が出ると、
「医療費の還付金があります。あなたと、ご主人の分です。受け取りについては、駅の近くのATMから行いますので、携帯電話と通帳を持って移動し、そこから電話してください」
そんな内容のことを言ったそうだ。母は、病院に2週間に1度通っていた。今までそんな風に還付金を受け取ったことなどなかったに違いない。けれど母は、言われた通りに駅前のATMへ向かったのだ。そこで聞かされていた番号に電話をし、
通帳に記載されている金額の、頭の数字は何か?
何桁の数字になっているか?
などを含む質問に次々と答え、ATMの操作をしていった。そして、何が何だかわからないうちに、通帳の残高が0になってしまったのだという。
 
それは、マジックのようだったらしい。
きっと、必要な質問に不要な質問を組み合わせてそれが詐欺だと気づかれにくくし、さらに矢継ぎ早に聞いていくことで、母に考える時間を与えなかったのだろう。
実は借り入れもできる設定たったらしく、残高は0どころかマイナスになった。そんな通帳を見て母は、いったいどんな気持ちになったのだろう。
 
詐欺にあった連絡を受けて、栃木にいた弟は、車ですぐに新潟の実家へ向かった。
大丈夫だから。
母さんは、何も悪くないから。
そう言い続けてくれたおかげで、母が死ぬということは免れた。
当時ちまたでは「オレオレ詐欺」というものが流行っていたが、母の受けた「還付金詐欺」というのは、世の中に先駆けてしまっていたのだ。
「お年寄りしかひっかからない詐欺にひっかかった」
母は嘆き、悲しんだ。
兄弟4人が奨学金で進学をした私たちの家で、何も詐欺なんてしなくていいでしょうに。
「なおちゃん(私の妹)の奨学金返済用のお金も入っていたのに」
高校から奨学金をもらっていた妹のためのお金を失ったことを、母は泣きながら悔やんでいた。
 
携帯電話というのは、ものすごく便利だ。
けれど、それに慣れていない人間にとっては、諸刃の剣だ。
もし、あのときまだ母が携帯電話を手にしていなかったら? こんな悲劇にはならなかったはずだ。近くにすぐに聞ける、相談できる人がいたら? いや、その時実は、父が家にいたのだ。けれど、父と母は仲が悪かったから、
「父さん、医療費の還付金だって?」
相談する母に、父は耳だけしか貸さなかったのだ。のちに、
「俺、医者にはかかってないけどなぁ」
なんて言っていたらしいが、それはもう詐欺にあった後の話だ。
 
こうして母は、全国的にも先駆けた詐欺に合い、警察へ行き、ことの経緯を説明し、同じ状況に成りうる人びとのために情報を提供することにした。地元の新聞に事件として取り上げられたのだ。
そして国からなのか、何か手当てのようなものが支給された。それは、母が奪われた数百万円に比べると微々たるものではあった。けれど、犯人は捕まらないでしょう、と言われていた母にとっては、救いになったはずだ。
 
私は、とにかく周りの友だちに連絡した。今、こういう詐欺が流行っている。実際私の母が詐欺にあったから気をつけてほしい、と。
けれど、この事件のキーワードは、「携帯電話」「還付金」「通帳」「ATM」だけだったのだろうか。
「家族関係の希薄さ」というのも、あったのではないだろうか。
なんで携帯電話持って家出る前に、私たちのところに電話して来んのよ? なんで父さんは、ちゃんと話、聞いてあげんのよ?
始めはそう思ったがきっと母は、周りにすぐに相談できる人がいなかったのだ。距離的な問題、関係的な問題。そのどちらも、私にどうすることもできないものだったのだろうか。
私は、激しく後悔した。
私は、今まで母の話をちゃんと聞いてきていただろうか。メールの返信を、後回しにしていなかっただろうか。こどもを大学へと送り出した後の、母の気持ちを考えたことがあっただろうか。にぎやかだった家がぽっかりとして、うるさく話しかけてくるこどもたちがいなくなって。そうして手にした携帯電話という文明の利器に、少なからず以前のようなやり取りができるものと母は期待していたのではないだろうか。
 
あれから私は、母のメールを読むこと、返信することを後回しにしなくなった。いつでもすぐに、連絡が返ってくる。そう思ってもらえるように。あのとき、母を恐怖にさらしてしまったこと。ちゃんと近くに感じられるように、してあげられなかったこと。それは、行動で返していかなければならない。
 
けれどこの話には、実はつづきがある。あんなにショックを受けていたはずの母は、自分の身に起きた事件の新聞記事を、ちゃっかり切り抜いて保存していた。新聞に載っちゃったわ、って(どんだけ田舎者なんだろう)。そして、還付金詐欺をしていた人も、なんと捕まったのだ。奪われたお金は、きっちり戻ってきた。
「先にもらっていた手当てのようなお金は?」
と聞くと、
「それももらっておいてください」
と、言われたのだという。
「詐欺に合ったのにもうかってるなんて、私くらいね」
そう笑う母に、
母は強し!!
と、実感。まぁ、でも、ほんと。離れて暮らしている人ほど、親には連絡をいれてあげてほしい。毎日でも、電話をしてあげてほしい。声を届けることで、ほっとさせてあげてほしい。今は、それが簡単にできる時代なのだから。
詐欺に、ではなく、そういう風に携帯電話を使っていきたい。
私はそう、思う。
 
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2018-10-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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