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獅子の子落とし


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記事:弘中孝宜(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「%!2$“#+&、タカ?」
「えっ!」
とっさのことで混乱していた。
 
マーケティングの最初の授業。学生たちが手を挙げて、当てられたら答えるものだと思っていたら、JMはいきなり私を名指しで当てたのだ。
「タカ、どう思う?」
どう思うも何も、話の文脈がよくわからない。JMの質問はまるで禅問答だ。
みんなの視線が自分に集まっているのを感じる。何かを言おうとするが、のどが渇いて言葉にならない。少しの沈黙の後、JMは私を当てたことなどまるで無かったかのように、私などいないかのように、また早口で話し始めた。
 
MBAの1年目の秋学期こそ、授業の内容が聞き取りづらいことはあったが、それ以降は耳が慣れて聞き取れたので、英語は心配していなかった。ところが、である。授業前に配られたJMの授業ノートに沿って話しているぶんには意味が分かるのだが、興が乗ってきてJMが脱線し始めると話している内容が霧のようにわからなくなってしまう。JMは独特の文の作り方で話をする。それは、JMが準備した授業ノートを見ればわかる。わからない単語が一つもないのに、単語の組み合わせ方が想定外で意味が理解できない文があるのだ。読んでわからないのだから、聞いてわかるわけがなかった。誰にもJMの評判を聞かずにこの授業を取ったことを後悔し始めていた。
最初の授業でJMは私が英語を理解していないと思い、なんなら授業を落とさせるつもりだったらしい。3回目の授業の後、「私に質問するときはもっとゆっくり話してほしい」と依頼するまで、JMの質問を私は理解できなかった。
 
JMは学生達を谷に突き落とす教師だった。学生達にギリギリのハードワークと、高いレベルのアウトプットを要求する。レポートや、授業への貢献度に対する採点は他の教師に比べてもかなり厳しい。
一方で、JMの授業はとても計画されていて、毎回の授業内容はもちろん、1学期中に課される課題の全容と提出納期が1回目の授業が始まる前に知らされる。1回目の課題提出は1か月後。カナダの航空業界を取り巻く環境の変化を調べ、その変化が航空業界にもたらす負の影響と問題点を抽出し、その対策案を考えてA4用紙10~12ページにまとめよという課題だった。グラフの数は5つ以上認められない。私はデータ分析が得意で、今まで書いたレポートは文章とグラフの比率が1対2くらいだった。いつものスタイルが認められない中で、1カ月間、起きている時間の半分を費やして渾身のレポートを仕上げた。
JMの要求に全力で応えた学生にはJMも同じくハードワークで応えた。授業を複数持っているにも関わらず、約60人のクラスで、一人当たり最低10ページにびっしり書かれたレポートを、2週間以内に全部採点して学生にフィードバックを与えた。私にレポートを返すとき、JMの目が少しだけ光った。レポートの表紙の裏には、最高の成績が赤いペンで書かれていた。
 
他の授業に比べてレポートの量が多いので、なるべく楽に単位が欲しい学生がだんだん授業に来なくなる。期末の最終のレポートの頃までに学生は脱落し、学生数は最初の半分以下になっていた。最終レポートはグループワークで、1回目に書いたレポートの内容が近しい学生をJMが5人一組のグループにまとめ、学生たちは考察を深めるためにテーマに関連する人にアポを取り、一人当たり5人のインタビューを行って提案内容の裏付けをとってゆく。
最初から分かっていた課題とはいえ、電話やスカイプのざらつく音声で初対面のカナダ人にインタビューするのは気が重かった。それでも同じグループのインド人は果敢にSNSを使って数十通のメッセージを見知らぬ人に送ってインタビューを申し込み、1時間ほどで1人目のインタビューの約束を取り付けた。これならできるかもしれないと、私もそれを真似てアポを取り、最終的に3人の約束を取り付けた。1人は、将来パイロットになることを夢見て養成学校に通う学生、1人は普通に就職して仕事をしているが、パイロットになるという子供の頃の夢をあきらめきれず、お金がある程度たまったところでパイロット養成学校に通っている20代、もう一人は航空会社の人事担当副社長。それぞれに一対一のインタビューをした。
インタビューの間中、私は彼らの話についてゆくだけで精いっぱいなのだが、後でインタビューの録音を聞いていて分かったことがある。彼らはそれぞれの立場から本当に航空業界の行く末を思っている。こちらの拙い英語の質問に、日々、思っていることを正直に話す。パイロットになろうと思った理由や、飛行機を操縦することの危険と喜び。彼らが一息ついた合間に、私は短い質問をさしはさむ、すると、その質問が触媒となってさらに深い答えが返ってくる。30分の予定でインタビューが始まり、15分くらいたったころ、彼らの声は少し早く、大きくなり、感情と熱気を帯びる。こちらが思いもよらなかったことに話が展開する。全くプロとして経験のないところから、安い給料でパイロットとして働き、経験を積み始めること厳しさについて。時には業務上の秘密も含め、航空業界の構造と問題の原因について話してくれた。
こんなに熱心に人が話をしてくれたことはこれまでになかった。しかも、3カ月半前には全く知識も無かった業界の、SNSの一通のメッセージだけでつながった見知らぬ人が熱心に話をしてくれることが信じられない。JMの速度に必死に食らいついていたら、3カ月半前には自分で想像もつかない地点にたどり着いていた。
体力とメンタルに余裕があるなら、食らいついてみたらどうだろう? 思いもつかない場所にたどり着けるかもしれないから。
 
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2018-10-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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