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経験は諸刃の剣?!


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記事:田中智子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「大丈夫か? 落ち着いて。大丈夫だ」
先生の顔は確かに笑みを浮かべていたものの、どこか不自然だった。
頬の筋肉が硬直してる感じを今でもはっきり覚えている。
小学校6年生の夏。全国学校音楽コンクール合唱部門、県大会でのことだ。
 
私が通っていた小学校は、全国大会で優勝した経験もある、合唱においてはかなり有名な学校だった。
毎年県大会優勝は当たり前であり、全国大会出場も世間的には当たり前となっていた。
でもそれは決して簡単なことではなく、先生や保護者など、大人たちがかなりプレッシャーを抱えていたことを知ったのはずっと後になってからだ。
 
あの日。県大会の本番当日。
舞台袖で緊張と高揚感の中、1つ前の学校の合唱を聞いていた。
珍しく、児童ではなく大人の女性がピアノ伴奏だったので、そういうこともあるのかと思っていると突然、とんちんかんなピアノ音が聞こえた。
伴奏をしていた女性は明らかに動揺しており、何とか演奏を戻そうと頑張るのだが、やればやるほどピアノはぐずぐずになり、演奏はストップした。収拾不可能だった。
会場は異様な空気と緊張感に包まれる。
すると、スタンバイしていた指揮者の先生がピアノを担当する私のところへやってきて
「田中、大丈夫か? いや大丈夫。大丈夫だ」とまるで自分に言い聞かせるようにつぶやきながら、私の手をとり「信じてるぞ」とおっしゃったのである。
私は驚いてしまった。
これはただ事ではない。
あのいつも堂々としている先生が、私に望みをかけている。何かを託している。
お前にかかっているんだぞ、と。
「信じてる」とおっしゃるその目には、信頼と同時にうっすらと恐怖心が見えた気がした。
これから起こるかもしれないと思ってしまった事への不安と緊張が、ハッキリと伝わってきた。
 
 
『経験は財産である』
ものすごく良く聞く言葉だ。
実際、30才を超えてくると、それまでぶつ切りで存在していた、役に立たないと諦めていた経験が急につながりだし、線になる体験をし始める。
なかなかの感動である。
だから、何でも良いから色んなことをしといた方が良いよ、と、つい若者に言ってみたりする。
あのスティーブ・ジョブズもそう言っていたし。
 
でもその一方で。
大人になり情報が増え、経験値が上がるほどに、私はどんどん臆病になっていった。
どれだけ回数を重ねても、講義中に真っ白になったら、とか、時間がむちゃくちゃ余ってしまったらどうしよう、などと、ネガティブな未来イメージが私を支配する。
10年前までは平気で海外にバンバン出かけていたのに、行けば行くほど怖さが増し、言葉が通じない所で飛行機にアクシデントがあったら、だの、暗くなって道に迷ったら、ホテルがとれてなかったら、しまいには旅先で地震があったらどうすればいいんだ! などと考え始めてしまう。
思えばこれらは全て、そのままではないものの、若干体験しちゃっていたりする。
人にも驚かれるが、私の人生にはアクシデントが多い。
ほぼ計画通りにはいかない。
今まではたまたま運よく乗り越えてきた。奇跡だ。
でももし、運が悪かったら? と思うとゾッとしてしまうのだ。
 
どうやら、少しずつ増え続けた知識や経験は、確かに私を守ってくれるものもありながら、その情報にかく乱されて身動きがとれないという、諸刃の剣となってしまったのである。
 
あれ? おかしい。
大人になるほど、できることが増えて自由になれるはずだった。
この心の縛りを取っ払いたい。
そう思った私は、とりあえず会う人会う人手当たり次第に聞いてみることにした。
「あなたの経験があなたの行動を鈍らせることはありませんか?」
 
1つだけ、わかったことがある。
フットワークの軽い人、経験を怖がらない人、1つのことに没頭している職人系など、性格の違いがあっても素敵だなあと感じる方々に共通していたこと。
それは「考えていない」ということだった。
いやいや、考えなきゃ何もできないっしょ、と最初は私も思ったのだがそういうことではなく。
これをする! という思いが圧倒的であり、そのためにはものすごく考えているのだが、余計なことや無駄なことを考えていない、と感じたのだ。
経験は増えているのに、思考も行動もシンプルなのだ。
 
諸刃の剣状態な私は、せっかくのこれまでの経験を、生かすのではなく殺す方に向けてしまっていたことが見えたような気がした。
本当に経験豊富ってことは、その経験から学んだことや感じたことを生かすのが上手だってことだ。
私はただのアクシデント野郎に過ぎなかったのだ。
 
 
合唱コンクールは、県大会を無事に優勝し、全国大会まで進むことができた。
大人になった私は、あの時の先生の気持ちが体感として痛いほどわかるようになった。
そして時折考える。
果たして今の私だったら、会場中に立ち込めるあの緊張感の中で平常心を保ち、惑わされることなく演奏ができるだろうか。
いや。考えるのはやめよう。
経験を生かすも殺すも自分次第だ。
あの時の、演奏に集中し、表現することに没頭した感覚を私の中に残すのだ。
 
これからも経験したおすしかない。いっぱい、とことん。
生かすことだけにベクトルを向けて。
 
そうすれば必ず、財産になった経験が私の背中を押してくれるに違いない。
 
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2018-10-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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