メディアグランプリ

こうして私は宇宙で一番いい女になった


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【10月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:Hanao(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「言えなかったのは、あなたの弱さでしょう?」
 
人生経験なんてほとんどないに等しい20代の私に、とある男性がそんなふうにいわれている。付き合っていた人との別れ話の場面だ。
 
その事実を知ったのはちょっとしたことがきっかけだった。
彼が何気なく開いていたノートが目に入ったので、それを閉じようとした時、書いてある中身が見えた。名前の候補一覧だった。〇とか△とかそんな記号も一緒についていた。一瞬なんのことかよくわからなかった。でも、すぐにピンときた。
 
「あ。この人、子供がいる」
 
血の気がさーっと引いて青ざめていくような感覚は、初めてだったと思う。
 
「ねえ……、あのさ、……もしかして子供できた?」私が努めて冷静にそう尋ねると彼は何も答えずに、ただ黙っていた。しばしの沈黙の後「ごめん」と言った。
 
思考が完全に停止してしまった私は、涙が出るとかそんな余裕もなかったと思う。
事実を理解するのに頭をフル回転させた。でも考えている途中でいろんなことがどうでもよくなった。とにかくその場から彼に消えてほしくて「とりあえず出ていってほしい」と告げた。
 
それからの私は、彼に対しての憎しみと怒りの感情で頭がおかしくなりそうだった。
彼からは「もう一度ちゃんと話したい」と携帯に連絡が入り続けていた。もう一度会ってきちんと別れ話をしなければいけないことはわかっていたけれど、私は何を話していいのかもわからず、とにかく顔を合わせることを拒否していた。
 
お互いを好きで付き合っていたのに、気持ちも通じていたと思っていたのに、なぜ自分はこんなことをされるんだろう? こんな思いをしなくちゃいけないんだろう? もはや相手の女性が浮気相手だったのか、私が浮気相手だったのかもわからなかった。でも、そんなこともどうでもよかった。自分の中の怒りの感情をどのように彼に伝えるべきか、どうやって復讐してやろうか、そのことで頭がいっぱいだった。
 
私には、20年以上の付き合いになる、英語の先生がいる。アメリカ人と日本人のハーフでもある彼女は私よりも10歳年上でいつも私たちのあこがれだった。人生のいろんなタイミングでいろんなことを相談にのってもらった。生き方だけではなく、男性との付き合い方のスタンスのようなこともたくさん教えてもらった。そんな彼女にこのことを相談した。
怒りと復讐心でいっぱいだった私に、彼女はこう言った。
 
「あなたは彼にとって世界でいや、宇宙で一番いい女になる必要があるんだよ。それが一番の仕返しだから。そのためには最後に笑顔で『今まで楽しかった。ありがとう』と言いなさい」
 
彼を傷つけるためのどんないい方法を教えてくれるのだろう、と思っていた私は正直、度肝を抜かれた。無理だ。絶対そんなこと、今の私には言えない。私を傷つけた人に笑顔でわざわざ「ありがとう」を言うなんて。そう彼女に伝えると、「それでも言うの。そしたら彼の中にあなたを宇宙一番いい女として残すことができる。一生」
 
それでも言える自信なんて全くないまま、別れ話をしに最後に彼と会った。なぜそんな大事なことを今まで隠していたのかを訪ねると、「言えなかった……」とぽつりと言った。
 
「それでも言わなきゃいけないよね。言えなかったのは、あなたの弱さでしょう?」
 
そのあと話したことはよく覚えていない。いろんな言い訳を並べていた気がするのだけど、たぶん忘れたくてたまらなかったから、忘れてしまった。それでも1時間ほど話して、荷物や事務的なことも含めて話し終えた別れ際。最後の最後で「今まで楽しかった。ありがとう」と泣きながら、笑顔でそう言った。すると彼の顔は、過去に私が見たこともない表情に変わっていった。驚いたというか、とにかくびっくりした顔。怒っていた私からそんな言葉が出るなんて思いもしなかった、そんな顔。
 
彼があの表情をした瞬間。
私は彼の中で「宇宙で一番いい女」になった。
 
私の怒りの感情はまるで火事のようだった。私はその火に油を注ぎ、もっと大きな火を彼に向けようとしていた。だけど、先生は「ありがとう」という水を注いで、その火を消しなさい、と教えてくれた。その水の効果は絶大で、完全に火は消され、私の感情も時間をかけて正しく昇華されていった。
 
今になると思う。
 
あれは、失恋の痛みではなかった。自分のプライドを傷つけられた痛み。「ありがとう」を言う発想すらなかった私は、やはり思いやりに欠けた人間だった。そんな自分だったから、起きた出来事。すべては自分に返ってきただけだった。
人間関係はすべて鏡だ。ひどいと思っていた彼の中に見えたものはすべて自分の一部でもあった。私はこの痛い出来事を通して、そんなことを考えるようになった。もちろん、若かった私がそれを認めるにはたくさんの時間を必要としたけれど。
 
――あれから私は水のような存在になれたかな。
――「ありがとう」をきちんと使えるようになったかな。
 
今でもその痛みは古傷として残っている。
でもそこから火のような感情が出ることはもう、ない。
 
火の消し方をおしえてくれた先生、そして、あの経験をさせてくれた彼。
すべてが温かく優しい財産となって私の中に保存されているからだ。

 
 
***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

http://tenro-in.com/zemi/59299

天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】
天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。



2018-10-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事