隙間から救え!
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:コバヤシミズキ(チーム天狼院)
「あ〜、こりゃ見えねえな」
思わず隣にいる友人に同意を求めると、苦笑いで返された。
まだまだ終わらない夏、炎天下。
なんとか陣取った前線じゃ、アーティストの顔は拝めないと気がついたのは、本命の1つ前のステージで。
「下がった方が見えそうだけど」
引き下がろうにも、もう引き下がれないことに悔やんだ本命のステージ。
アーティストに向けて伸ばされた多数の手が、私の視界を阻む。
あと一歩、あと一歩で見えるのに!
「日頃の行いかなあ」
隙間を狙ってみるけれど、声と気配しか感じることが出来ない。
……運が悪いだけ。
でも、単純にそう思えないのは、置いてきた現実に目を背けた私が居るからだ。
「届け、届け、届け!」
初めて参加したフェス。
隙間から伸ばした手がアーティストに届いているかさえ分からなくて。
それがまるで自分のようだと、全く関係ないところで泣きそうになっていた。
「どうしよ、このままじゃ卒業できない」
遡ること数日前から、私は卒業が危ぶまれている。
「卒論のテーマが決まんない……」
卒論のテーマ審査に落ち続けること、2回。
なんとか再来週まで延ばして貰ったはいいものの、再び振り出しに戻ってしまった。
「なんでテーマが破綻してることに気づけないわけ」
2回目に落ちたとき、先生にそう言われてしまった私は、今でも悩み続けている。
“質問された時点で気づけ”と言われても、気がつけなかったのだ。2回も。
見知った顔の前に改めて立たされると妙に焦ってしまう私は、テーマのプレゼンの際も焦っていた。
質問をされても答えられない。質問の意図をくめない。聞かれたことが思い出せない。
……自業自得だ。
「やりようはいくらでもあったのに」
引き伸ばされた期間中、卒論以外の締め切りも迫っている。
それらにすら手がつかないのは、やっぱり“卒業できない”という現実から逃げたくて。
「もう学校やめたい」
そんな浅はかな考えばかり、浮かんでは消える。
こんなことやっても、意味がないんじゃないか。
結局逃げることしか考えていない自分が、嫌で嫌で仕方がなかった。
「だから、こんなことしてる場合じゃないんだけどなあ」
まさか、卒論がこんなに手こずるとは思っていなかった数ヶ月前、自分が恨めしい。
意気揚々と取ってしまった2日通し券を握って、到着した桜島は熱気にあふれている。
「いやあ、楽しみだね」
「そうだね」
ニコニコ笑う友人にそう返しつつも、私は内心不安まみれだった。
“この2日で、もしかしたらテーマが浮かんだかもよ”
“作業進める時間に充てれば良かったんじゃない?”
そんな考えが頭をよぎってしまうから、楽しむに楽しめないのだ。
……それでも、人間ってのは単純なモノで、セットリストを見た途端、わずかに気分が上昇する。
「家に帰れば現実が待ってる。それまでは夢を見よう」
そう言い聞かせて、会場へと足を進めた。
主催者の開幕宣言で幕を下ろしたフェスは、鹿児島では想像もつかないくらいの盛り上がりを見せていた。
「そろそろ行く?」
本命のバンドの出番が迫ってきた頃、私たちは前のバンドから会場へと乗り込んでいた。
前のバンドの演奏が終わるまで、“フェス地蔵”にならない程度に楽しみ切る。
前のバンドの盛り上がりはそのままに、気持ちは前へ。
しかし、その気持ちを遙かに上回る形で、私たちは前へと押し出された。
「すごい前だけど、これじゃ見えない」
ほぼ最前。
だけど、前バンドで引きの方が顔がよく見えることを知っている分、あと一歩でいいから下がりたい。
「ああ、だめだ。動けないな」
熱気に押しつぶされそう。
そんなことを直接肌で感じたのは、初めてだった。
……ここにいるみんなが同じバンドが好きで、その手を伸ばしたくて、前へ前へと身を乗り出している。
でも、一列目以外で顔をハッキリ拝めるのは、一体この前線に何割居るのだろう。
好きなのに。
「隙間からは、手を伸ばすくらいしかできないのに」
試しに伸ばした手は、虚空をかくばかりで虚しいだけ。
「こんなの、救われない」
ぼそりと独りごちたとき、空気が変わった。
熱気が、膨らむ。
ああ、来てしまった。
そう思ったときには、更に前へと押し出されていて、最早手を伸ばす隙間もほんのわずかしかなかったけど。
「届け、届け、届け!」
そこにいるのに!
どんな顔をしているのかも分からないなんて!
もう不安とか悩みとかどうでもよくなって、私も思いのまま手を伸ばした。
「もう顔とか見えなくてもいい。救われなくてもいいから。届け、届け」
……ふと、私が届けたいモノって何だろうと、どこか遠くで考える。
私が手を伸ばす理由はなんだろう、と。
……恐ろしいことに、私は何も考えてなかった。
これだけ好きなのに。その答えが見つからない。
再びあの不安がぶり返す。
好きなことを研究しているのに、自分でも何をやっているのかよく分からなくなる不安が。
私自身が分からないことへの恐怖が。
手を伸ばした先に何があるのか分からなくて、思わず手を引こうとした。
「届いてるよ」
聞こえてきた声にハッとする。
不安にさいなまれていた私はMCを全く聞いていなかったから、その言葉がなぜ発せられたのかが分からない。
ただ、分かるのは不特定多数に向けた言葉だってことだけ。
「私に、じゃない」
……でも、私の手は、再び隙間から伸ばされていた。
伸ばした手の先で、アーティストがどんな顔をしていたのかは、結局分からなかった。
でも、演奏後少し開けた隙間から覗いた背中に、私はもう一度手を伸ばすことはなかった。
「聞いてみよ」
……きっと、私に足りなかったのは、隙間から手を伸ばすことだった。
どんなに些細なことでも、誰かに意見を聞いてみれば良かったのだ。
幸いにも、答えてくれる相手には恵まれているのだから。
手始めに、いつの間にかはぐれてしまった友人に相談してみようか。
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