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ブルドッグを救ってくれたもの


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:砂島 迅(ライティング・ゼミ平日コース)

「なんか……ブルドッグみたい」
え? わたしの態度が? ブルドッグって、気が強い犬種だったっけ? そりゃあ、負けん気は強いけど……。23年間も一緒に暮らしているのだから、慣れっこでしょうが。いまさら何を言うのだ。

「……いや。 顔。頬っぺたの下あたりがさ」
一瞬で理解した。女ならおなじみの、ほうれい線脇の顎に近い肉。意思に反してどんどん重力に負けていく、あの憎い肉のことだ。その肉が、重力に負け、ひどく目立ち、「顔がブルドッグのようだ」と言われたのだった。

その日は、私がとある資格試験に合格したので、旦那が「頑張ったし、お祝いに何か美味しいものを食べよう」といってくれた日だった。だからいつもより、少しだけ、念入りに化粧をして、振り乱しがちだった髪も整えて、私なりにお洒落をしたつもり、だったのだ。23年連れ添った旦那の「ブルドッグ」の一言が、すべてを、その瞬間まで行ってきたと思っていた、努力のすべてを、塵にし、粉塵にし、それらは私の周囲を嘲笑しながら舞い散った。

資格をとろう、と心に決めたのは、2015年のことだった。
その資格は、「初級」と「上級」があり、それぞれに合格が必要だった。その年、すでに初級を取得していた同僚が「上級」に合格した。社内で二人目だった。もともと出来る同僚であったが、その後、「結構、今回は昇給もボーナスもよかったですよ」と嬉しそうに話してくれた。

同じチームで仕事をしているという点で、私もとらない手はなかった。当時、あまり知識が無い状態で業務にあたっていたせいか、業務への理解もいまいちだった。悪い事は重なるもので、「女性部下は苦手だ」と堂々とのたまう上司との折り合いが悪く、仕事を干され気味だった。つまり時間はあったし、現状を変えるために、何か打開策が必要だった。とにかく、まずは初級に合格することにした。

同僚は理系の出で、その資格周りの実務を最近までやっていた。勉強へのリソース配分は、割と緩く行けたそうだ。ということは。超ド文系のわたしは、彼の3倍くらいは時間が必要だと考えた。各段階の試験合格には7割正解が必要なので、初級は約100時間、上級だと約70時間強の、リソース投入が必要。私の場合は1年計画で、一日最低1時間から2時間の勉強をする。業務をちゃんとこなし、いかに体力維持しながら行うか、が一番のチャレンジだった。

一日、1時間から2時間の勉強って、サラリーマンをやりながらだと、リソース投入できるギリの線。なかなかによく考えられている資格ビジネスだ。飲み会も、美容院も、ネイルもあきらめ、まさに命を削って、勉強、勉強、勉強。その結果、計画通り1年越しで、2016年の暮れに、念願の「上級」に合格できたのだった。ちなみに、女性部下が苦手だといっていた上司は、私が初級に合格したのち、男性ばかりの部門へ異動していった。

その結果が、「ブルドッグ」。犬好きの方々の、ブルドッグ嗜好方面の方々には大変申し訳ない比喩なのだが、タイミングがタイミングだけに、とんでもない衝撃で私を打ちのめした。
「……そういや、うちの父さんも、すごいブルドッグ顔、だよねー、 あははは……」
とりあえず、ハレの日に、衝撃は脇に置いておこうと、親のせいにすることにして笑ってごまかそうとした。が、笑いながら、なにやら生暖かいものが頬をつたう感触。テーブルの上の白いナプキンに、灰色の染みがぱたぱたっと広がった。
「ご、ごめんね! せっかく頑張ったお祝いなのに、悪かった! そ、そうだ、明日さ、天然温泉行こう! 」
いつもはどんなにデリカシーのない発言をしても山のように動じない旦那が、さすがに狼狽をあらわに、新たな提案を口走った。

翌日は曇天だった。日をまたいでも、晴れない私の心を表しているかのようだった。「ブルドッグ」が頭から離れない。朝から鏡を見ることもできない。ひとは、自分に都合の悪いものはスルーして見たり、考えたりする認知バイアスがある、とどこかのウェブ記事で読んだっけ。

バスに揺られて、1時間弱。都内の片すみにある「天然温泉」に着いた。ああ、全身マッサージなんて受けるのも、いいかもしれないな。少しは気分が変わるだろうか。ブルドッグは変わらないだろうが。などと考えながら、受付で入館料を支払い、窓口で、館内で着て歩く変なムームーとタオルの入った袋を受け取った。

「じゃ、夕方の5時まで、別行動ってことで。待ち合わせ場所は、2階のレストランホールね」
旦那も、昨日の出来事がまだきまり悪いようで、俺はサウナとか露天風呂とか独自メニューがあるから、だそうだ。うん。それでいい。こういう時はひとりでゆっくり、お湯につかってほぐれよう。と、前を向いたらど派手なポスターが目に飛びこんできた。「フェイシャルエステ60分」。

フェイシャルエステか。そもそもエステなんて、行ったこともない。外から他人の力で、顔が変わったり綺麗になったりするものだろうか。でもまあ、ものは試しにやってみるか。どうせ生まれ持った顔が、変わるわけもないだろうが。自嘲モードに頭を支配されたまま、受付に座っていた、大柄な、明らかに日本人ではない女性に「フェイシャルエステ60分」を申し込んだ。

夕方5時、レストランホール。髪を乾かしていたら少し遅れてしまった。旦那はとうにテーブルについていた。
「ごめーん。 髪の毛乾かしてたら遅れちゃったよー」
スマホから顔を上げ、旦那が私を見た。目が泳ぐ。私を見る。目が泳ぐ。
「あー……。 フェイシャルエステがあったからさ、受けてきちゃった。ブルドッグ、ひどくなっちゃったかな」
「若返ってる…… 」
「え? 」
「3歳ぐらい、若返ってる! ブルドッグ、弱まってるよ!! 」
どうやらフェイシャルエステが効果を発揮したらしい。3歳という微妙な路線が、わが旦那らしい。どうやらブルドッグが弱まって見える模様だ。
「マジか……。 こんな都内の片すみに、ゴッドハンドがいたの…… 」
「おまえ、通えよ、ここ! すげぇよ! いや、絶対通いなさい。 いや、通ってください」

外に出るとすっかり夜になっていて、曇天だった空はすっきり晴れていた。明るい月があたりを照らしていた。
来月から月イチで、この天然温泉施設に通うことに決めた。ブルドッグを、私の心を救ってくれて、ありがとう、ゴッドハンド。 

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2018-10-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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