メディアグランプリ

私たちには、明日がある


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:さわみ(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
ガタンッ!
揺れの激しい、古びた車の後部座席。窓の外は、見慣れない外国の町並みが流れていく。
隣の席に座る友人が、震えながら小さな声で私に囁いた。
「次に車が止まったら、二人で逃げよう!」
 
運転手と私たち二人だけの車の中。
陽気にカタコトの日本語で話し掛けてくる運転手とは反対に、私たちの顔は青ざめていた。
「絶対におかしいって。ヤバイって。逃げよう!」
友人が、また囁いてくる。
 
確かに、状況は良くない気がする。
でも、初めて訪れた外国の、右も左もわからない町の中。ここで車を飛び降りて逃げるのは、どう考えても最善の策とは思えない。しかも、車が止まった隙に飛び降りるなんて、映画の中の話だ。運動音痴の私たち二人では、大ケガをするのは目に見えている。
「もう少し、様子をみてみよう?」
私は小声で友人に話し掛けた。
 
その瞬間、友人が堰を切ったように泣き出した。
ついに、恐怖の限界がきてしまったのだ。
「ドウシタノ? オウチコイシイ? ナゼナイテル? オナカイタイ?」
運転手が話し掛けてくる。
 
ヒックヒックと泣き続ける友人、それを慰めるカタコトの日本語。ガタガタ揺れながら、どんどん町から外れた寂しい場所へと向かう車。言葉にできない程の不安と恐怖が、私を襲ってくる。
 
本当の恐怖を感じると、人間は2パターンの行動を取るらしい。
泣き出すか、笑い出すか。
どうやら私は後者のようだ。
この、現実離れした状況に、不意に笑いがこみあげてきた。
「クックック。ハッ、ハハハハハ……」
泣き続ける友人の横で笑い出した私を見て、運転手が呆れた顔で言う。
「アナタ、ナゼワラウ? トモダチナイテル。ヒドイ。ココ、ワラウトコチガウ!」
 
しばらく行くと、車が止まった。車から降ろされた私たちは、今度は海岸へと連れて行かれる。
海岸には、小さなモーターボートが一台、波に揺られていた。
「コレ、ノッテ」
外国人に囲まれた私たちに、選択の余地は無い。私たちは、言われるままにボートに乗り込んだ。
 
強風と荒れる大波で、木の葉のように揺れる小さなボート。
どんよりとした空からは、パラパラと雨が降り出している。
もう、泣くことも笑うこともなく、ただ振り落とされないように必死でボートにしがみつく。
私は、さっき逃げなかったことを後悔し始めていた。
きっと、友人も同じことを考えているのだろう。
青ざめた顔からは、血の気が引いていた。
 
「ホラ、アノシマネ」
前方に、小さな島が見えてきた。
ああ、あの島に連れて行かれるのか……
 
島の海岸には、大男が一人。他に人影は見当たらない。
「カモン! コッチネ」
大男が、私たちの方に向かって「こっちに来い」の仕草をしている。
後ろを振り返ると、ボートの姿は既に小さくなっていた。
もう、帰ることはできない。
 
ああ。なぜ、こんなことになってしまったのか……
私は、歩きながらボンヤリと、今朝のことを思い出していた。
友人と二人で来た、初めてのサイパン旅行。ホテルに着いた私たちは、少し浮かれていた。
生憎の空模様だったが「せっかくだから、マリンスポーツしたいよね」と言いながら歩いていた時に、外国人に声を掛けられたのだ。
サングラスを掛け、腕にはタトゥー。どう見ても怪しい雰囲気。
「マリンスポーツ、安くでありますよ。日本人、いっぱい申し込んでます。きっと楽しいです。いかがですか?人気の島、マニャガハにも行きますよ」
普段なら絶対に断っている。でも、私たちは浮かれていた。
ホテルの中で声を掛けられたこともあり、私たち二人はよく考えもせず、この申し出に飛びついてしまったのだ。
 
島に連れて来られた私たちは、大男と一緒にどんどん先へと進む。
島の奥の方から、賑やかな音楽と大勢の人のざわめきが聞こえてきた。
そうか、きっとあの音楽は彼らの仲間たちだ。私たちは、仲間のところに連れて来られたのだ。
大男が立ち止まって、ここから先は私たちだけで行くようにとジェスチャーで促してきた。
私は、友人と顔を見合わせる。
どうする?
私たちは覚悟を決めて、思い切って奥の方へと足を踏み出した。
 
チャ~ラ~ラ~ン。
陽気な音楽の流れる中、ごった返す人たち。
「あれ~、君たちどこから来たの?」
二人連れの男の子が、軽い感じで話し掛けてきた。
前方には大きなクルーザーが停まっていて、どんどん観光客が降りてきている。
「なんだ、これ~!」
私は、間の抜けた大声で叫んでいた。
ハッハハ……ハ~ッ、アッハッハッ!
自然に出て来た笑いが、大笑いに変わる。
「むっちゃ、日本人がいる~!」
大笑いしながら、友人と二人で顔を見合わせる。
今までの恐怖が全部、体中から笑いになって出てくる。
ダメだ、笑いが止まらない。なんだろう、涙まで出て来た。
泣きながら、私たちは笑い続けた。
 
大波に揺れるボート、ガタガタ走るボロボロの車、カタコトの日本語を話す運転手。
さっきまでと変わらない景色も、今は全く違って見える。
しばらくすると、見覚えのあるホテルが見えてきた。
ああ、戻ってきた!
今朝到着したばかりのホテルが、なんだかとても懐かしく感じられる。
 
ホテルの部屋に入ると、二人ともベッドに倒れ込んだ。
「何で、あんな勘違いしたんやろな~」
「逃げよう! やって。笑える~」
さっきまでの出来事を思い出して、もう一度大笑いをする。
 
「でも、無事に帰れて本当に良かった。悪い人たちじゃなくて良かったな」
二人で顔を見合わせる。
「あ~、生きて戻って来れて良かった~! ほんまに、良かった~!」
 
いつの間にか、長かった一日が終わろうとしている。
まだ、旅行は始まったばかり。
私たちには、明日がある。
きっと明日は、楽しいことがいっぱい待ち受けているに違いない。

 
 
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2018-10-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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