メディアグランプリ

嘘つきは警察のはじまり


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:島秀一(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「えっ!? いや、ちょっと待ってくださいよ! それ、おかしくないですか?」
 
落ちついて話さなければ、と思いはするものの、声が裏返るのを抑えられません。
 
前にいるのは、青色の制服の交通機動隊の隊員。40歳くらいの恰幅の良い警官です。その後ろに見えるのは、車7台の多重追突事故の現場。最後尾の、ボンネットが大きくひしゃげている軽自動車が、僕の車です。
 
「今ね、一番前の運転手さんから順に話を聞いてきたのね。皆さん『自分は無事に停車したけど、後ろから押されてぶつかった』と仰るのよ。あなた、誰にも押されていないよね」
 
そんな馬鹿な!
 
「あの7台の中で、僕の車だけが軽ですよね。他は普通車で、大型のワゴンもあります。軽1台の追突で全部が押されるって、おかしくないですか?」
 
警官はにこやかな表情を崩すことなく応えます。
 
「実際起きてますからねぇ。あなた、他の方が嘘をついているとお考えですか? 証明できますか? 何なら私と一緒に、最初の方から話を聞いて廻りますか?」
 
結局、交通機動隊本部に連れていかれ、あれこれ書類を書かされ「検察からの呼び出しを待つように」と解放されました。朝早い時間に事故を起こし、本部を出た時には、もう日が傾いていましたよ。
 
数日で、地検への出頭命令書が届きました。事故から10日ほど後の日が指定されています。随分と早いものなんですね。
 
検察に出頭すると、担当の検察官は50歳くらいの、いかにも温厚そうな男性。席に着くと、まず調書を読むように言われました。差し出された調書は驚きの厚みです。相当に時間が掛かったのではと思われました。
 
「少し席を外しますから、ゆっくりで良いですよ」と言って、検察官は部屋を出ていきます。
 
「よし! アラ探しだ」
 
これが最初で最後の反撃のチャンスと思い、意気込んで調書を読み進めました。つまらない物かと思っていましたが、結構面白いものですね。それぞれの言い分が微妙に異なり、何だか心理の裏側が透けて見えるようでした。
 
「どうですか? 何か仰りたい事はありますか?」
 
戻ってきた検察官が、僕の眼をじっと見ながら話します。
 
「えーと、何と言えば良いのか……」
 
僕は言葉に詰まりました。言いたい事は沢山あるのですけど、本当にどう言ったら良いのかが分からなかったのです。それは、たった今読んだ調書に原因があります。驚いたことに「一台の追突が原因ではない可能性」を強く印象付けているのです。
 
「担当直入に言いますと、現場でも主張した通り、この事故が僕の追突だけで起きたとは考えられないんですよ」
 
すると、とても静かな声で返事がありました。
 
「私もそう思います」と。
 
「へぇっ?」は僕。
 
「色々と仰りたいのはよく分かります。まず、この調書に意義の申し立てがあるかを確認させてもらえますか? そう、ありませんか。であれば、全てのページに捺印をお願いします。私の話はそれからです」
 
捺印が終わると、検察官は、調書と現場写真をさっと片付けてしまいました。まるで「こんな物は見る価値が無い」とでも言うように。
 
「さて、あなたが仰るように、この調書と写真から判断すると、今回の事故は複数の車両が、ほぼ同時に追突した複合衝突と見るのが自然です」
 
僕は、ほっとするのと同時に怒りがこみ上げてくるのを押さえられません。顔も赤くなっていたことでしょう。検察官は何にも気付かなかったように話を続けます。
 
「この件を警察に差し戻すのは簡単です。ただねえ、ご存知の通り、この事故は当事者が多いんでね。再捜査となると、時間も人手もやりくりが大変なんですよ。まあ、この調書が人数分作られると思ってください」
 
と、傍らの調書を軽く手で叩きました。
 
「で、ここからが相談なんですが、こちらとしては、あなたにこの件を飲んでいただけるとありがたい。分かりやすく言えば『あなたの押し出しが事故の原因』とさせて欲しい」
 
「それって、酷くないですか?」
 
完全に怒りを込めて言いました。こんな理不尽があって良いワケがありません。
 
「お怒りはごもっともですが、もう少し話を聞いてもらえますか。裁判で無実となれば、実質的にあなたの負担は何もありません。任意保険に入っておられますから、事故の保証も問題ありませんよね。直前の車への追突は事実ですから、免許の点数は減ります。ですが、処罰が軽減されるよう、こちらでも最大限御協力いたします」
 
これは僕にとって、良い話なのかどうなのか?
 
「私は、調書に先ほどの見解を添えて裁判所に送るつもりです。無実になるのは保証します。逆に警察に差し戻した場合、再捜査する警官の心証は非常に悪くなるでしょう」
 
ここまで聞いて、先日の警官が僕の話を聞こうともしなかった理由がわかった。現場で話をこじらせたら収拾がつかないからだ。
 
……さて、結果を言っちゃいますと、僕は検察官の申し出を受けたんですよ。じたばたしても仕方ありませんからね。
 
それから、どうなったかですか?
 
何もありません。本当に何もです。保険屋さんと何度か電話で話をしましたが、それだけ。
 
あの警官は意識して「嘘」をつきました。でもそれは、何より彼自身の心を傷つけた事でしょう。何しろ彼は警官なのですから。その犠牲のおかげで、僕も他の運転者も、不毛な、神経をすり減らす争いをせずに済みました。ひょっとすると何年も揉めた可能性もあるのです。
 
必ずしも「真実」と「正義」は一致しないのですね。この歳になると、それが良く分かります。あの警官は「真の正義」の行動を取ったのだと、今は理解し、感謝もしています。

 
 
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2018-10-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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