メディアグランプリ

「もう観たくない!」僕史上、最悪の動画がブレイクスルーを起こした


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記事:黒崎英臣 (ライティング・ゼミ特講)
 
「あ~、もうやめてくれ!」
 
僕は、心の中でそう叫んだ。都内にある会議室にスリーピースのスーツを身にまとった外国人と2人きり。スクリーンには動画が映し出され、2人で観ているのだが、この動画が僕の心を締め付ける。悲しさや情けなさ、惨めさ。様々なネガティブな感情がこの動画を観ていると湧いてくる。もう耐えられない。観たくない。僕は、スクリーンから目を背けた。
 
「何やってるの!ちゃんと観て!」
 
一緒にいる外国人から怒気を含んだ声が飛ぶ。逃げられない。上映を止めることも、目を背けることもできない。真正面から上映されている動画と向き合わなければいけないのだ。理屈では、観たほうがいいのはわかっている。しかし、感情は逃げたがっている。そう、見続けるのが怖いのだ。でも、逃げていても現実は変わらない。僕は、自分を成長させるために、この動画を観る機会を作ったのだ。僕は、覚悟を決め、動画をしっかり観ることに決めた。心が苦しくなる動画を真剣に見ることに決めた。自分の成長のためだ。
 
僕は、映画が好きだ。これまで何百本と映画を見てきた。テレビも好きだ。Youtubeで動画を観たりもする。その中には、退屈な動画はあったが、こんなに心苦しくなる動画はなかった。もう観たくない! と拒否反応を起こした動画もない。そう考えると、僕が真剣に観ようと決めた動画は、史上最悪の動画とも言っていいだろう。しかもだ。これを観ないと僕は成長ができないという。もう開き直る以外にまともに観ることができない。そんな動画だ。
 
スクリーンには、何ともかっこ悪い男が映っている。愛想笑いをし、何ともたどたどしい口調で覇気を感じない。自分の生い立ちを話しているのだろうが、話が全然入ってこない。そして、どこか自分を少しでもよく見せようとカッコつけて気取っている。観ていて、痛々しくて、僕は心が苦しいのだ。そして、何よりも心が苦しいのは、スクリーンに映っているかっこ悪い男が僕自身だということ。僕は今、自分のプレゼンテーションをスクリーンで観ているのだ。
 
「こんなの俺じゃない……」
 
初めて自分のプレゼンテーションを観たとき、僕はそう思った。正直なところ、プレゼンテーションは初心者だとは言え、もう少しできているものだと思っていた。僕は、大学卒業後、バンドでいくつものステージに立っていた。パフォーマンスに関しては、多少の自信はあったのだ。しかし、それは完全な傲慢。実際に自分のプレゼン姿を観て、あまりの出来の悪さに愕然とした。理想と現実がこんなにもギャップがあるなんて……。これ以上、そのギャップに打ちひしがれたくないため、僕は動画を観ることを拒否していたのである。しかし、プレゼンスキルを磨くためには、自分の現在地をしっかりと認識しなければ、改善のしようがない。その重要性を知っているからこそ、プレゼンのコーチである外国人は、「しっかり動画を観て!」と僕に注意したのだ。
 
自分のプレゼンを観て一番心が苦しかったことは、自分がカッコ悪いこと。これは、話が下手だからとか、猫背だからとか、そんなことではない。プレゼンが下手な自分を取り繕って、かっこよく見せようとしていることが、客観的に観てバレバレなのが凄くカッコ悪いのだ。小手先のテクニックで何とかカッコよく見せる。そんな小賢しさが丸見えで、傍から見てなんとも痛々しい。プレゼンが下手なヤツは、現時点で何をやっても下手。どう頑張って取り繕おうとしても、下手さは変わらない。にもかかわらず、少しでもカッコよく見えるだろうと小細工をする。そんな僕の心が我ながらカッコ悪いと思ったのを覚えている。
 
しかし、カッコつけたプレゼン動画によって、大きな気づきも得られた。それは、開き直りのカッコ良さだ。プレゼンが下手な僕は、その場で急激にスティーブ・ジョブズのようにはなれない。しかし、今の僕以下にもならないのだ。つまり、どんなにカッコつけてもこれ以上はカッコよくならないし、カッコ悪くもならない。だったら、今の状態をさらけ出してしまおう。そう思ったのだ。
 
プレゼン下手ですけど、何か問題でもあるんですか? そんな開き直りでプレゼンをしようと考え、動画を撮り、再度、動画を観てみる。なんかカッコいい。自分でそう感じた。表情もジェスチャーも自然だ。言葉にも力がある。プレゼンに慣れていないのは、ハッキリとわかる。しかし、発しているエネルギーが圧倒的に違う。それが自分でも感じる。カッコ悪さをありのままに表現する。これがカッコいいプレゼンの土台にあるのだと、その時に感じた。この気づきが僕のプレゼンに大きなブレイクスルーを起こしたのだ。
 
僕は、それから10年間、カッコつけることはやめ、カッコ悪い自分もありのまま表現するようにしてきた。セミナーをしていても、忘れたことは忘れた、分からないことは分からない、できないことはできない 等と受講生に伝えている。できない自分、未熟な自分をさらけ出して、批判が起きるとか、価値が下がるなんてことは一切ない。言葉を噛んでも、進行を間違えても、何ら問題ない。自分の甘さ、未熟さを誤魔化すことなく、ありのまま伝える。これがカッコいいプレゼンだということが分かった。世界のトップスピーカーを観ても、ありのままの自分を表現している。だからこそ、そこに信頼があり、人を惹きつけるのではないか? 僕はそう実感している。僕はいつまでもカッコ悪いことを表現できるカッコいいプレゼンターでいたい。
 
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2018-11-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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