メディアグランプリ

夕食は叶わずとも、せめて朝食は。


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記事:よくばりママ(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
今年の春、私は転職をした。
結婚してから10年近く勤めていた会社を辞め、新しい、別の会社に入った。
40を目前にした転機であった。
 
 
辞める前の1年間は、これまでの人生の中でもひときわ大きな山や谷があった。
三人目を妊娠し、つわりがひどくて一時休職したのもこの時期だ。
夫の仕事が忙しく、平日一人でこなす家事育児が増えたこと、こどもの進級に伴い学校や保育園の送り迎えの形態が変わったこと、職場が移転して通勤時間が2時間近くかかるようになったこと。
色々な壁が私の前に立ちはだかった。
けれど、退職に私を駆り立てた理由は、そこにはなかった。
 
退職をしようと思った理由。
それは、家族そろって「いただきます」と言えないことだった。
 
 
当時、決まって朝は、子どもたちがごはんを食べる前に私が家を出ていた。毎朝8時半に会社に着くよう出勤せねばならなかったからだ。帰宅は18時過ぎになることが多かった。時計をにらめっこしながら保育園のお迎えや夕食づくり、お風呂や寝かしつけに必死になっていた。
夫はというと、保育園の送りをするくらいに朝の時間はあったものの、帰宅はほとんど子どもたちが寝静まる頃であった。夫の部署は会社でも有数の業務量の多いところで、残業が常態化していた。
そうして気付けば一日の中で、家族がそろう時間がほとんどなくなっていた。
そしてそれは、私にとって受け入れがたい事実であった。
 
 
私の実家では、夜ごはんは家族全員が顔をそろえて「いただきます」という。それは小さい頃、そして大人になった今でも続く慣習のようなものだった。
もちろん、飲み会や用事があるときは別だが、物心ついた頃には、みんながいる夕食が私にとって当たり前の光景だった。
 
ご飯を食べながら会話が交わされる。
記憶に残るのは、末っ子である私が熱心に学校のことを話したり、姉や兄やちょこちょことちゃちゃをいれたり、会社での井戸端会議の成果を母が伝えたりする場面であった。
父も母もフルタイムで働いていたが、当たり前のように19時に食卓に着いていた。
 
父の勤めていた会社は遠く、父は毎日電車で一時間以上かけて通っていた。
朝は早く7時頃に家を出て、帰りは19時の手前に家に帰ってきていた。
17時の終業の時間を考えると、よほどでない限り父は残業をせず、また飲みに行くことも、毎日まっすぐに帰途についていたのだ。
 
そしてそれは母も同様であった。
母の職場は家から自転車で数分のところであったが、いつもまっすぐ帰り、食事の用意に取り掛かっていた。「疲れたわあ」とおやつをつまみながらも、気持ちは目の前にある家事に向いていた。
父が家族の団欒をとても大切にしているからね、と母は言った。
もちろん、その想いは私たち、三人の子どもたちにも十分伝わっていた。
 
 
大人になり社会人として働き始めた私は、やがて結婚して家庭をもった。
そして、そこでようやく私は気が付いた。
ごくごく自然に過ごしていた19時の夕食。
それは、当たり前のものではなかったということに。
両親の家族に対する想いが、あの場をつくり、そして守り続けていたのだということに。
 
当たり前と思っていたものが実はそうではなかった。
そして、当たり前と思っていたものを、当たり前にできない私がそこにいた。
 
もちろん、数十年前と比べれば、働く環境も大きく変わっているだろう。
けれど、いつしか私の中で、平日家族で一緒に食事をとることができないことが、見えない大きな後ろめたさのようなものになっていた。
親と私は違う。
頭では理解していても、自分が与えられ嬉しかったことを、自身の子に与えてやれないふがいなさは消えなかった。
 
こどもは日に日に大きく成長していく。
 
一緒に食事をとる機会も、数えたら何回くらいだろうか。
 
5年後、私はそれでも平気だろうか?
 
 
自ずと、私は今の会社を辞めることを決意していた。
 
綺麗ごとかもしれない。
けれど、私は家族の時間を優先させたかった。
子どもたちが小さい今という時間に、家族がそろう時間を少しでも多く確保したかったのだ。
 
私が朝早く家を出るのでなければ、家族全員が一緒に朝ご飯を食べられる。
お互いの様子を知ることができる。
くだらない話も交わすことができる。
 
揺るぎのない、転職の決意がそこにあった。
 
幸い、仕事を変えるにあたっては、タイミングよく他から声をかけてもらうことができ、転職は拍子抜けするくらいにスムーズに事が進んだ。
今では、9時30分の始業に間に合うよう、その40分前に家を出ている。
朝、みんなでごはんを食べるだけでなく、片付けや掃除、保育園の送迎を行う時間も生まれた。
 
夫は相変わらず忙しく、毎日定時に帰ってくるのはやはり仕事の性質上難しいようだ。
それでも、保育園や小学校の用事や家族旅行、私の用事などにあわせて休みをとったり仕事の調整を入れたりして、上手に時間のやりくりをしている。ただ、夕食の時間には間に合わない、だけなのだ。
 
まだまだ平日に家族みんなで夕食をとることは難しい。
けれど、朝食の夢は叶った。
 
なんてことのない自己満足に過ぎないかもしれない。けれど、私の心の中にある重荷は確かに軽くなっていた。
 
「お茶ちょうだい」
「早くたべなさい、時計みて!」
「ふりかけ、かけすぎでしょ!」
「ママ、お兄ちゃんがじゃましてくんねん!」
 
朝の時間はいつも慌ただしい。
決して優雅な時間が流れるわけでなく、毎日毎日ドタバタしている。
でも、それでもいい。
わずかでも、家族全員が一緒にいられるのだから。
 
いつか、息子たちも家族の団欒が当たり前とは限らないことに気づくだろうか。
 
家族で一緒にとる食事。残りの回数はあえて数えまい。
できることをただ味わおう、そう決めている。
 
夕食は叶わずとも、せめて朝食は。
 
そんな気持ちでまた今日も一日過ごしていく。

 
 
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2018-11-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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