メディアグランプリ

親の顔がタオルに見えた日


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記事:古川貴弘(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「しまった!!」
 
カバンを開けた私は思わず叫んだ。夏の暑い日の朝。むさくるしい部室の中で、テンションが一気に下がる男子高校生の私がいた。
 
男子校運動部では女子マネージャーなど存在しない。甘酸っぱい思い出なんかあるはずもなく、ただチームメイトの顔と共に流した汗の臭いが思い出される。
 
夏の炎天下。サッカーの練習にタオルを忘れるなんて……。練習が始まる前、汗臭い部室の中。すでに汗だくの私は流れる汗をどうすることもできずにいた。
 
練習中はものすごい量の水を飲み、そして汗をかく。タオルは、その汗をたっぷり吸い取ってくれる。いつも一枚では足りず、かならず二枚は持ってきていた。寝坊してあわてていたせいだ。
 
結局、この日はタオル無しで、流れる汗は大地にすべて降り注いだ。帰りの電車では、近くにいた乗客のみなさんには気の毒なことをしたかもしれない。
 
タオルほど、人の日常に当たり前の様に溶け込んでいる存在は少ないんじゃないだろうか。朝起きて顔を洗う時、歯を磨いた時、トイレで手を洗った時、部活で汗をかいた時、お風呂で一日の疲れを洗い流した時。タオルは優しく私たちを包み込んでくれる。
 
当たり前すぎて意識しないくらいだ。あるべき時になかった時。例えば、男子高校生がタオルを忘れて部活に来た時、はじめてその存在の有難さが身に染みる。
 
そんな風にタオルについて考えていると、ふと両親の顔が頭に浮かんだ。生まれた瞬間から今まで、当たり前の様に身近にいてくれる存在。社会人になってからは地元を離れているので、顔を見るのは年に1、2回あるかどうかになっているが、折に触れて連絡をくれる。
 
思い返してみれば、家にタオルは沢山あったけど、お気に入りの一枚が確かに存在した。試合の日など、特別な時には必ずそのタオルを選んでいた。でも、あれから20年以上たった今、どんなタオルだったか思い出せない自分がいる。
 
そんなことをぼんやり考えていると、タオルとの関わり方って、まるで人間関係のように思えてきた。人とまったく関わらずに生きていくのが難しいように、タオルがない生活は想像できない。そして、なくなってはじめてその存在の大きさに気付いたり、あんなに大好きだったものでも時間がたつと忘れてしまうことがある。
 
どんなものでもそうだけど、使っていると必ず寿命が訪れるものだ。汚れが落ちなくなったり、破れたり、ボロボロになると新しいものに交換する。
 
でも、どうしても捨てられないものもある。私には尊敬する知人(50歳)がいる。この方は高校時代に甲子園を目指した球児だったらしく、当時使っていたお気に入りのタオルを今でも大切に残している。青春の一ページを共に過ごした戦友として、ずっとそばに置いているんだと聞いた。
 
自分はどうかと振り返ってみると、何気なく使っていたタオル。せいぜい、白かった、柄が入っていた、くらいの印象しか残っていない。タオルを一時代を共に過ごした友人、戦友として、そばに置いておくという発想すらなかった。
 
人間関係もそうだろう。沢山の人との出会いと別れを繰り返していく。学生時代は限られた人の輪の中にいることが多いが、社会人になると一気にその輪が広がる。一度しか会わない人、顔も名前も覚えずに忘れ去っていく人もいれば、生涯付き合う関係に発展する人との出会いもある。
 
一期一会。よく聞く言葉だけど、改めて振り返ると、ひとつひとつの出会い、人との関わり方を大切にできていなかった自分に改めて気付かされた。タオルを戦友と呼ぶ知人は、人との縁をとても大切にされる熱い人柄で、まわりには応援してくれる友人も沢山いる。
 
タオルとの向き合い方が、人との向き合い方にも現れている、というのはおもしろい発見だった。高価な腕時計や靴の様に、特別なものに対してこだわりがあるのは何となく理解ができる。身近にありながら普段は意識されにくいタオルだからこそ、その人が大切にしている価値観が現れるのかなと思った。
 
もちろん、人付き合いのスタンスについては、人それぞれの考え方もあるので「正解」というものはないのかもしれない。広く深くが理想ように見えるけど、性格や環境によっては難しいこともあると思う。広く浅くでいいという人もいるだろうし、狭く深くがいいという人もいる。
 
また、一度付き合いができた人とずっと良い関係を続けることが理想の様にも思えるけど、自分や相手の置かれている環境や状況の変化によっては、人間関係も入れ替わることが健全だと思えるようになってきた。
 
今は、私にもお気に入りのタオルが何枚かある。子供の運動会など外出時に連れていくもの、家でゆっくり過ごす時に使うもの、夏なのか冬なのかで季節によって使い分けるものもある。そして、古くなったタオルは雑巾として再利用するなどして、定期的に新しいものと入れ替える様にしている。もちろん、特別な一枚もある。子供が生まれた時に記念にもらったタオルがあって、そのタオルはずっと大切に保管をしている。
 
これは、タオルをきっかけにたどり着いた、小さいけども、私にとっては価値のある気付きだった。
 
ふと顔が浮かんだ遠く離れて暮らす両親。気が付けばもう11月。年の瀬が近づいてきた。今年のお歳暮はお気に入りのタオルでも贈ってみようかな。
 
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2018-11-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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