人生のチャレンジはサーフィンに学べ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:月岡カツヒロ(ライティング・ゼミ平日コース 2018年10月開講)
もう死んでしまうかと思った。
あれはいつだったか。季節は山の木々が赤や黄に色づき始めるころ、これからの季節に向けて冬支度が終わったくらいだったと思う。人々が薄手のコートでも羽織ろうかという時期に、僕は早朝も早朝、午前4時くらいに千葉のとある海岸に立っていた。
寒い。圧倒的に寒い。
これから海に入るなんて信じられない。凍えちゃうじゃないか。
「日本だと冬のほうが、波がいいんですよね」
僕を半ば強引に海まで連れてきたサーフィン歴10年以上のSさんは、そう教えてくれた。へぇそうなんだ、となぜか妙に納得したが、こんな寒い中やることないじゃないかと、ちょっとだけ後悔もしていた。なんでもやってみたい習性もあり、「サーフィンやりませんか」というお誘いに2つ返事でOKしてしまった。スノーボード歴は15年以上でボードに乗るのは同じだし、自分の運動神経だったら簡単にできちゃうだろうと思っていた。これが甘い考えだと気づくのに時間はかからなかった。
おそらく体感気温一桁台の海岸で、借り物のウェットスーツに着替える。やはり寒い。着慣れていないから時間がかかる。余計に寒い。準備運動も入念に。冬にでもなろうかという海で溺れちゃったりしてニュースにでもなったら、取り返しがつかない。「30過ぎたいい大人が自業自得だ」とTwitterで叩かれること必至だ。それだけは避けなければならない。
準備運動も完了。いざ、サーフボードを持って、海に向かって砂浜を歩く。海岸の砂は冷たい。海水もさぞ冷たいのだろう。恐る恐る、打ち寄せる波に足をつけてみる。意外なことに、海水はそこまで冷たくない。なんなら少し温かいかもしれない。なんとかなりそうだ。
サーフボードを海面に浮かべ、腹ばいになる。まずはサーフボードに乗って波の向こうに、沖のほうに向かって漕いでいかなければならない。これが最初のハードルだ。両手をボートのオールのようにして、手で海面を漕いでいくことを「パドル」という。海の中から見たらカメみたいに見えるかもしれない。Sさんはじめ、熟練のサーファーたちはスイスイと進んでいくので、見よう見まねでパドルしてみる。
漕いでも漕いでも思い通りに進まない。周りのサーファーたちは平然とした顔で、ゆっくりと、余裕でパドルして進んでいく。なんで軽くひとかきしただけで、あんなに進めるのか不思議でならない。何よりこんな簡単なことができない自分が悔しいし、まだ小学生と思しき先輩サーファーもぐんぐん進んでいく。波がないならまだしも、波がなければサーフィンにならないわけで、水平線の向こうから次から次へと、行く手を阻むかのように波が迫ってきては押し返されるという無限ループに嵌ってしまった。
サーフィンには迫ってくる波の下を、ボードを海面にぐっと押し付け、ボードごと潜って波の下をくぐってやり過ごす「ドルフィン」というテクニックがある。事前に動画で学んだだけの僕は、全くもって”イルカ“になれず、ただただ波に阻まれ、ひっくり返えるだけの”カメ“になるしかなかった。
数回ほど波に揉まれ続けた末、僕はパドルだけで力尽きてしまった。事前に妄想していた悠々と波に乗ってるイメージからは程遠く、ボードの上に立つことすらままならない。というか、それ以前の話で、沖に出る前にもう腕が動かない。たった数回パドルしただけなのに、体力にはそれなりに自信もあったのに、腕が全く上がらなくなってしまった。
休憩もはさみながら数時間経った。やっとの思いで波を乗り越え、ようやく波待ちの体勢になろうかというところに、普通のサーファーなら喜ぶに違いないビッグウェーブがきて、僕は喜ぶどころか、為す術もなくそびえ立つ壁のような波に飲み込まれた。海の中で上も下も分からなくなって、このまま浮き上がれないのではないか、死んでしまうのかと頭をよぎった。スノーボードで死に直面するような、そんなことは絶対にない。雪山は山の上から雪面を見て、自分でコースを決められるので、予想外のことはそう起こらないからだ。
なんとかサーフボードを頼りに浮き上がることができて、ほっと一息。相当海水を飲んでしまったのも辛いのだが、腕のしんどさが後から襲ってくる。後で聞くことになるのだが、パドルするために必要な筋力は、通称「パドル筋」というらしく、なかなか日常生活で鍛えられることはないらしいのだ。
いつ、どこで、どんな大きさでくるか全く読めない、日々刻々と変わる「波」
普段、意識しないと鍛えることができない「パドル筋」
波に乗れるようになったら、もっと色々あるに違いない。
よく人生を荒波に例える人がいるけれども、なんとなくそのイメージができた。
自らの人生を取り巻く環境は、波のように姿や形、大きさを変えながら、自分の意思とは関係なく押し寄せてくる。上手く扱うことができれば自由自在にターンを決めるように思い通りにできるが、大抵の場合はタイミングが合わずに乗れなかったり、遅れてしまってその深くて、冷たい海の中に引きずり込まれそうになったりする。
そうした環境において「チャレンジ」という荒波を乗りこなすためには、パドル筋ともいうべき「チャレンジ精神」が大事になるのだが、こればっかりは体験してみないと鍛えられない。しかも何度もだ。パドルを繰り返し、鍛えていく。多少の失敗で波に揉まれたくらいで、へこたれている暇もない。「なんとか以外かすり傷」だって本も売れているらしい。もちろんYouTubeでレッスン動画を観てるだけではサーフィンはできるようにならないのと同じで、いくら書籍で知識を詰め込んでも、人生で何かを成し遂げることは難しい。
サーフィンは意外と50代以上のおじさまたちもやっているもので、湘南あたりに行くと、白髪の先輩サーファーに出会うことも少なくない。みなサーフィン歴はウン十年以上の大ベテランだ。サーフィンは人を虜にする。
自分は子育てを理由にサーフィンはお休み中なのだが、人生をお休みするわけにはいかない。人生のパドル筋を鍛え上げて、自分の人生というビッグウェーブを悠々と乗りこなすイルカに、僕はなりたい。
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