普通なんてないって銀色と青色が教えてくれた
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:望月祥子(ライティング・ゼミ平日コース)
「では、次は眉毛を描く時のポイントです。お手元にある資料をご覧ください」
そう言われて机の上に置いてある資料を手に取った。ダメだ。内容が頭に入ってこない。一箇所がとても気になってそれどころではない。私の目線の右上にはキラキラと光る銀色。その銀色は小さくて控えめなのに、存在自体は大きくて気になって仕方がない。
そう、資料をとめてあるホチキスの位置が違う。ホチキスの芯とずっと目があってしまう。これが恋だったら成就してしまうくらい見つめあってしまう。
「これ本当は自分からみて左上にとめるんですよ」
事前に一生懸命準備してきたスタッフの人に伝えたら失礼になるよな。しかもそんなことを気にする人は私くらいだろうな。そう思ってまたホチキスの芯と目があう。
カバンの中からホチキスをとりだして、新しくとめ直したい。けれど私のカバンはドラえもんの四次元ポケットではないので、さすがにホチキスは入っていない。
普通はホチキスをとめる位置は左上なんだけどな、と思いながらメイク講座は終了した。
最近流行っているカフェに友達と行った。ハートや葉っぱが描かれるラテアートが可愛いそのお店は私たち2人のお気に入りだった。友達にメイク講座の感想を聞かれた。
「メイクよりもずっと気になっちゃったことがあってさ。普通さ、何枚かある資料をホチキスでとめる時って自分からみて左上にとめない?」
と言った瞬間笑われた。
「講座の一番の感想がホチキスって何? 普段漫画が本棚に1巻から並んでいなくても全く気にしない祥子がたまに神経質だよね。別に資料は読めるんだからいいじゃん」
確かに。ごもっともなご意見だ。私が受けたのは資料をホチキスでとめる講座じゃない。30代を過ぎてもう一度きちんとメイクのことを学ぼうと思って行ったのに、そんなことが気になって集中できなかったなんてやっぱり勿体ない。
最低限のルールを守ることは大切だけど、自分と相手の普通は違って当たり前だ。育ってきた環境も背景も違うのだから仕方ない。
普通はこうだよなと思ってしまう、いや決めつけてしまう柔軟性のなさに私は疲れていた。
そんな私の価値観を大きくかえる出来事が起きた。多分私の中では12年間大学病院で看護師として働いてきて驚いたことトップ10にはランクインすると思う。
私はその頃産婦人科病棟で看護師をしていた。その日は続けて何人か赤ちゃんが産まれた日で、いつも以上に慌ただしかった。夜勤をしていて夜中の3時頃にナースコールが鳴った。
「望月さん、赤ちゃんがおかしいの!」
出産したばかりの患者さんにそう言われてすぐに一緒に病室に行った。
あ、良かった。赤ちゃん息はしているし落ちたりしたわけでもなさそうだ。でもどうしたんだろう? と思ったら患者さんが続けて言った。
「私の赤ちゃん、おしっこが青くないんです」
私の頭の中は一瞬「?」のマークが浮かんだ。
「だって、普通赤ちゃんのおしっこって青いんでしょう? 雑誌もテレビも全部青色だよ。私の赤ちゃんは青くないの。何の病気なの?」
赤ちゃんのおしっこは青くないのが普通ですよと言おうとした時、患者さんは今にも泣き出しそうだった。
ああ、そうだ。この患者さんの身内は確かご主人だけで友達も離れて暮らしているんだ。きっと頼れるものは育児雑誌だけだからそう思っていても仕方ないよな。
「大丈夫ですよ。赤ちゃんのおしっこの色って本当は青くないんです。雑誌やテレビでは食事の時にリアルすぎるとクレームがきてしまうことが多いので青くしているらしいですよ」
伝えた直後に患者さんが泣き出した。しばらくその患者さんに付き添って私はまた違う仕事に戻った。
数日後、日中働いている時にナースステーションから望月さーんと声がした。赤ちゃんのおしっこが青くないと不安がった患者さんとご主人が一緒にいた。
「今日退院するから挨拶したかったの。あの日のこと赤ちゃんが大きくなったら教えるんだ。普通なんてないんだよって。安心して嬉しくて泣いちゃった」
患者さんが流した涙は安心したからだったとこの時に知った。今はすやすや眠っている赤ちゃんが何年かあとに、自分のお母さんがおしっこの色が青くなくて心配したと聞いたらどんな顔をするんだろう。
それからしばらくして私はまたメイク講座に参加した。配布された資料の右上と目があう。しかも今回は銀色ではなく青色だ。青色のホチキスの芯なんて、はじめて見た。そういえば、青色のアイシャドウって使ったことないな。今日はちょうどアイシャドウのレッスンだ。使う時のコツを聞いてみよう。
その人にとっての普通を知るのって案外面白いかもしれないな。
そう思いながら私は資料のページをめくった。
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