私が愛した殺し屋あるいは柔らかな残虐
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:安田毅(ライティング・ゼミ平日コース)
「えー? こんなに小さいのに?」
びっくりしている私と妻。
「この子たちは、きっとかなり大きくなりますよ」。
若いドクターはちょっとばかりドヤ顔で予言したのだ。
ほんとかなあ……
わが家に来たときの彼と彼女はほんの握りこぶしくらいの大きさ。みぃみぃ、と蚊の鳴くような声を出し、つぶらな瞳を輝かせ、病院勤務の私が職場からもらってきた注射器からミルクを必死で飲んでいた。おとなになるとビロードの手ざわりを誇る毛皮もポサポサとして愛くるしい。
ある日、ご近所の妻の友人がうちに遊びに来たとき、唐突に、
「猫飼わない? 母の友達が捨て猫を5匹ひろったんだ」と言いだした。
「飼う! そろそろ猫を飼おうと思ってたの。いいでしょ?」
妻はキラキラした瞳をこちらに向けた。
なに? そろそろってなに?
私はいたくうろたえた表情を見せていたに違いない。猫はきらいではなかったが、どちらかといえば犬派だった私は猫を飼うことなど考えたこともなく、「そろそろ」とか言われても……
まあ、ともかく見にいってみようかということになり、友人のお母さんがアルバイトしているジムの駐車場に連れていかれた。お母さんと発見者の若い女性(このひとは猫の里親探しのボランティアをしている人らしい)がいて足もとを見ると5匹の子猫が段ボール箱の中でところせましと身を寄せ合っていた。
みぃ、みぃ、みぃみぃ、みぃ……
「かわいい!!」
妻は黄色い歓声をあげ、なでたり、抱きあげたりしている。
私もおっかなびっくりで手を差しだす 。
と、黒と白のツートーンの一匹が手から腕をつたって私の肩にのぼってきた。
「あらー! この子はなかなか人になつかないのよ」。
お母さんがうれしそうな顔をする。
「このあいだもこの子をほしいって言ってた人がいたのにすごくいやがって結局あきらめたの」。
「ほらほら、やっぱりうちに来たがってるんだよ」。
妻がわが意を得たりとけしかける。
ツートーンの猫は男の子で、シマシマの女きょうだいがいた。クリクリとした4つの大きな瞳がジッと私を見つめている。
!??……♡!…… グサっ!
こうして私のハートは射ぬかれてしまった。
さすが、ペット界のキラーコンテンツ。
ミロン(♂)とキノコ(♀)はすくすくと育ちまるまると肥え、今ではともに体重は7kg近い。獣医さんの予言通りになってしまった。
今やモフモフとした毛皮をなでまわして恍惚たる時間を過ごすことが欠かせない生活である。
「せやけどな」。
ある朝、私は妻に語りかけた。
「猫ってほとんど寝てるだけで何もせえへんやん。番もしないし、物を運んだり農作業してくれるわけでもない。なんでこんなに人気あるんやろな」。
「さあ?」
妻は膝にのせたミロンをモフモフとなでながら、キョトンとした表情をする。
「猫って実はそれはそれは恐ろしい動物なんやで」。
「なに? どういうこと?」
最近、『猫はこうして地球を征服した: 人の脳からインターネット、生態系まで』(アビゲイル・タッカー著)という本を読んで衝撃を受けたのでぜひ共感してもらいたかったのである。
「こういうことや」。
—現在、世界中で6億匹の猫がいる。アメリカではペットブームも後押しして、ここ40年で3倍に増えて1億匹いるそうだ。
「ふーん……」
妻は依然として膝にのっかっているミロンをなでている。ミロンはちんまりとうずくまり、クリクリっとした黒い瞳をこちらに向けキョトンとしている。
—ところが! なんと、この愛すべき生き物が世界中の生態系を破壊しているというのだ。
「えー? マジで?」
—猫といえばネズミを狩ると思われているが、実は生きてるものならほぼなんでも食べる。そして、猛烈な繁殖力があり、それこそネズミ算式におびただしく増えてしまうのである。
「……」
—猫は多くの動物を絶滅の危機に追いやっている。絶滅危惧種であろうが何であろうが食べられるものなら見つけ次第おやつや楽しみのために殺してしまうからだ!
猫はこんなに恐ろしい。それでもヒトは猫に夢中なのだ!!
はぁ、はぁ……
一気にまくしたててしまった。
「なんでやと思う?」
「えーどうして?」
「ただひたすらかわいいからやねん!!」
猫は目が前を向いてついており、つぶらな瞳で赤ちゃんに似ている。鳴き声も赤ちゃんのよう。そして猫たちはどうすれば人間が自分をかわいがってくれるか日々実験を重ね、いちばんかわいがってくれるようにふるまっているらしい。
「怖いやろ?」
私は少しドヤ顔をしていたに違いない。
「……」
私は妻の反応をかたずをのんでうかがっていた。
「ミロンくんは怖くないもん、ねー!?」
妻はとろけるような表情でミロンをなで続けている。ミロンはあいかわらずキョトン。
だめだこりゃ……
ニャー!
朝になるとキノコが寝室にのそりと現れる。
ひらりとベッドに飛びのると、
ニャー……うっ!
私の腹の上に7kgの体でどっかり座りこむ。
じっとりと物欲しげな真っ黒な瞳がみつめている。
「はいはい、キノちゃん、ご飯ね……」
暖かくも柔らかい重みにささやかな苦痛と耐えがたい幸福を感じる。
こうして愛すべき殺し屋たちとの毎日は続いていく。
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