バツをつけあった元夫婦が奏でる究極のラブソング
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:匿名希望(ライティング・ゼミ平日コース)
下から声がした。
「パパ、前の席で見ていい?」
私が驚いて視線を下に向けたると、そこに幼げな顔をした少年が
真っ直ぐな目で私を見つめていた。
思わず「え?」と言ってしまった。
私は子供がいないし、この子のパパになった覚えはない。
だとしたら、誰をパパと呼んだのだろう。
すると「いいよ、行っておいで」と正面から声がした。
私の目の前にいるスーツ姿の男性がパパだった。
え?この男性がパパ!?
あの子はこの男性を確かに、パパと言った。
私はまた「え?」と言ってしまった。
なぜなら、この男性がパパだとしたら、あの子にはパパが2人いることになるからだ。
ライブハウスは、昼間だというのに満員であった。
5年ほど活動を休止していた音楽ユニットが、1回限りのライブを行うと聞きつけた人たちが押し寄せたのだ。
男女ペアの2人組で、共に大人の気品溢れるミュージシャンだ。
メジャーデビューこそしてないが歌声は一級品だと叔父さんは教えてくれた。
叔父さんは、当時16歳だった私に本物の音楽を触れさせたいと今回のライブに誘ってくれたのだ。
ジャズ系と聞いていたので眠くなるのではと心配していたが、1曲目ですっかり2人の歌声に心を奪われていた。
そんな歌声にうっとりとしていた時、後ろから「見えないよー」と、子供の声がした。
「お、大きくなったなー」と叔父さんは呟いた。
「知っているの?」
「歌っている2人の子供だよ」
どうやら、ステージの上の2人は夫婦だったらしい。
ラブソングが特に魅力的に聞こえたのはそのせいか。
ワンステージが終え、しばしの休憩時間となった。
私は叔父さんに連れられ、背広姿の男性に挨拶しに行った。
お客はほとんどの人ラフな姿だったのだが、その人だけ正装姿であった。
会話の中でわかったのだが、どうやらこの男性は今回のライブのスタッフだそうだ。
裏方仕事はすべてこの人が担当していたらしい。
しばらくそんな話をしていると、なにやら、下から声がした。
「パパ、前の席で見ていい?」下にいたのは先ほどのミュージシャンの子だった。
しかし、ここにパパはいない。パパは楽屋だ。
おかしなことを言う子だなと思っていると、す「いいよ、行っておいで」とあの背広姿の男性が言った。
私は、 思わず「え?」と言ってしまった。
帰り際、叔父さんに我慢できなくなりその事を聞いた。
「そういうことか。気づいたか。実はあの2人は5年前に離婚しているんだよ。あの子が1歳の頃かな」
衝撃的だった。あステージの上で楽しそうに歌っていた2人はバツをつけ合った元夫婦だった。
「背広を着ていた人をパパって言っていたのだけど」
「あいつは女性シンガーの今の旦那だよ」
「え?」つまり元旦那と唄う妻の舞台を手伝っていたことになる。
一緒の舞台に上がることさえも、気持ち良くはないはずだ。
それなのにまさか手伝うなんて。
「旦那さんが手伝うなんて優しいね」
「手伝いではないな。今回のイベントはあいつがやりたいって言ったんだから」
「ど、どういうこと?」
「あの子に生みの親が唄う姿を見せてやりたかったんじゃないかな。どうやって、親が出会って、愛し逢っていたのか彼に見せることで、自分が愛されて生まれたことを感じてもらいたかったんじゃないかな。他とは違うけど、素敵な家族だよな」
壮大な愛を目の前に私は言葉が出てこなかった。
ライブ自体がその壮大な愛情によって実現したライブだった。
きっとあのラブソングも我が子に充てられた歌だったのだろう。
我が子へ贈る3人の愛が詰まったラブソング。
そのライブから10年経った今でもあの光景を思い出す。
それだけ私にとっては衝撃的な出来事だった。
というのも、私の家庭もライブの1年前に親が離婚していた。
私は心のどこかでフツウの家族と違うことを気にしていた。
家族には形がない。が、家族にはフツウがある。父が働き、母が炊事をして、週末は食卓を囲うというフツウの家族。
フツウとの違う自に違和感を覚えていた。
そんな私に叔父さんは、家族の形が違っても愛は変わらないあの家族を見せてあげたいと思い、ライブへ誘ってくれたのかもしれない。
あのライブから10年経った。今は、様々な家族がいる。
共働きの家族もいれば、男性が炊事を行う家族もいる。
離婚を経験した家族もいれば、生みと育ての親が違う家族もいる。
今の時代、フツウは果たしてどれだけ普通なのだろうか。
他の夫婦と違う夫婦愛があり、他の親子と違う親子愛がある。
そもそもフツウの家族という雛形にそれらの愛は収まるのだろうか。
フツウで収まる必要はないし、収まるわけがないのだ。
あのライブは、私にそう教えてくれた。
フツウになるのではなく、様々な愛情を育みながら他とは違う家族の形を1から作るのが、家族になるということかもしれない。
そんなことを考えさせてくれたラブソングは、きっとあの家族の愛の形だったのだろう。
他とは確かに違う。でも、とても素敵な家族だった。とても素敵なラブソングだった。
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