メディアグランプリ

ナマケモノの本懐


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:久保孝之(ライティング・ゼミ《平日コース》)

「怠けものは去れ」
怒号を直に浴びせられたショックで、僕はその場に立ちすくんでしまった。
しかし、怠けものと言われはしたが、僕は別に怠けていたわけではなかった。
ただ、仕事がうまくできなかっただけだ。

数年前、僕は長年勤めていた会社を辞めて、あるベンチャー企業に転職した。その会社はソーシャルゲームのイラストや、アニメーションなど、ゲーム画面の表の部分を制作している会社だった。
僕はその業種では未経験だったが、業種は違えどディレクターとしての能力を買われてそこに勤めることになった。

始めは楽しかった。
もともとゲームが好きだったし、同じ職場の先輩たちはいい人ばかりだった。

仕事にも慣れてきたある日、事件は起きた。

「何で私に言わないの!」

ヒステリックな叫びとともに、社長が電話機を地面にたたきつけた。

ビクッと思わず、社長の方を見ると、鼻息荒く営業の子を睨んでいた。
僕は何が起こったのか理解できていなかったが、周りを見ると誰も社長の方を見てはいなかった。むしろ、何事もなかったかのように仕事を続けていた。
社長の方を見ていたのは、僕と睨まれていた営業の子だけだった。

実は、この状況がこの会社の日常だった。
社長は営業畑出身で、俗にいうスーパープレーヤーだった。基本的に何でもやるし、何でもできた。ひとたび滞っている業務のフォローに入れば、嘘のようにスムーズに事が運んだ。
初めてこの社長の仕事ぶりを目の当たりにしたときには、感動すら覚えたほどだ。
この社長が社員分いれば、この会社は良い会社だったに違いない。

しかし現実は違う。
1を言えば10理解できる人もいれば、1しかできない人もいる。
人によって、様々だ。
この社長の視座は高過ぎたのだ。
社員全員に、社長と同じ目線で考え、動くことを要求してしまった。
創業期のメンバーは社長と同じ目線で動けていたようだったが、僕のように中途で入ったものや、新卒で入ったものには土台無理なことだったのだ。
仕事の出来ない自分のことは棚に上げて、社長を批判しているのではない。出来れば、社長のように見事な段取りで仕事を片付けたいと思っている。そして、そう出来ないことも分かっている。

なぜなら、僕は努力をしたいとは思わないから。
この社長は平の時代、その時の上司に今ではパワハラで訴えられる程度にはしごかれ、鍛えられたそうだ。この社長が何度も泣かされ、それでも歯を食いしばってその上司に認められるまで努力した結果、今の社長があるのだ。

この話を聞いた時、僕には無理だと思った。

僕はナマケモノでいたい。

「仕事が出来ないなら、どうして私に言わないんだ」
固まってしまった僕を見て、少しトーンを下げて社長が続けた。

「これで出来ると思ってたの?」

「思っていました」

「このままだと絶対に納期に間に合わない。分からない?」

「間に合う予定で組んでいたので、間に合うと思っていました」

ふぅっ、とイライラを鎮めるようにひと呼吸を置く社長。

「これはもう間に合わない。私が立て直すから、もう君はいいよ」

僕が僕なりに頑張っていたことは、この社長にはいらなかった。

僕の努力は報われなかった。

「努力すれば、報われる世界」

ライブ動画配信サービス「SHOWROOM」の創業者・前田祐二さんは、この理念のもと、このサービスを立ち上げたそうだ。
努力が報われる世界、なんて素敵な世界だろう。

でも僕は、ここで立ち止まる。
「努力をすれば報われる世界」というのは、「努力をしないと報われない世界」と感じてしまう。
努力は報われてほしい、だけど、世の中には正しい努力と、間違った努力がある。
例えば、イラストが描けるようになりたいのに、油絵ばかり練習したり、ピアノで自由に曲を弾けるようになりたいのに、譜面の読み方ばかり勉強したりすることだ。方向性が間違っていない場合は、いつか報われるかもしれないが、全く見当違いの努力をしていたら、いつまでたっても努力は報われないことになってしまう。
努力をするにも、がむしゃらではいけないのだ。

ただ、どう努力すればよいのか、というのは調べればわかるかもしれない。
Google先生に聞けば、間違いない。
だけど、世の中にはその調べ方がわからない人がいる。むしろ、そういった人たちのほうが実際は多いのだ。世の中には努力の仕方がわからずに、いつか来るであろう「努力が報われる世界」で取り残されてしまうかもしれない。
僕は、そういった人たちに寄り添いたいと思っている。

僕は生来ひねくれているので、今の潮流である自己発信や、コミュニティに関して、否定的である。憧れはあるけれど、実際コミュニティの中のやり取りを見ていると、居心地が悪くなることが多い。
そして、何より僕の周りではコミュニティに属したい人や、自己実現や承認欲求に囚われている人がいない。僕も含め、その人達は時代の流れに乗るわけでもなく、だからといって取り残されているわけでもない。自分と、ごく親しい間柄の人のみで、精一杯生きている。

僕はナマケモノだからこそ、努力をしなくても報われる世界を目指したい。
そして、世界中のナマケモノたちが心安らかに過ごせるように、僕は会社を立ち上げました。

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2018-11-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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