学生街のカフェには、Carole Kingとショートカットがよく似合う
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:高木幸久(ライティング・ゼミ日曜コース)
12月初めの夜7時過ぎ、僕が勤めている御茶ノ水のカフェに、女性が二人入って来た。
「いらっしゃいませ。8時半閉店ですが、大丈夫ですか」
「大丈夫です」
ふたりは入り口近くの4人掛けの席に座り、長いコートを椅子に置いた。
50席ほどの店内は、昼間の忙しさがうそのようにお客さんもまばらだった。
メニューと水を出し、注文を待つと、
「ブレンド・コーヒーを、二つお願いします」
ちょっと太めの女性から声が掛かった。
「承知致しました」
サイフォンでいれた、出来上がったばかりのコーヒーをテーブルに運ぶと、二人は冷えた手を温めるかのように、カップを手で包み「温かいね」と笑った。
昼間少しは暖かさを感じられたが、夜になると冷えてきていた。
8時を回り、店の中に残っているのは、彼女たちだけだった。
一人で閉店の片付けをしながら二人を見ると、上からのスポットライトが当たったように、そこだけが明るく温かに感じた。
やがて店の大きな時計がボンとひとつ鳴り、8時半を告げると、二人は席を立ち支払いを済ませ、コートの襟を立て、人通りもまばらな街へ出ていった。
誰もいなくなった店に、一人取り残された僕は、吹き込む風がやけに冷たく感じた。
カフェはオープンして3か月ほどだったので、夜はあまり忙しくはなく、僕一人で回していた。それでも少しずつはお客さんも付き始めてきた。そこで会社の部長には、アルバイトの募集をお願いしてあった。
ところが、1月になっても夜のアルバイトは見つからなかった。
昼間は店長とアルバイトがいるから、忙しくても店は回っていた。
店長は、夜が忙しいと、時々は残って一緒に働いてはくれたが、家族もいるから店が落ち着けば家へ帰っていく。僕は一人住まいだから家に帰っても待つ人はいない。閉店までいれば夜の賄も食べられるからと、一人で働いていた。
しかし忙しい時
「お先に失礼いします」
と帰られると、
「えっ帰っちゃうんですか」
と言いたくなるのをグッと我慢するしかなかった。
その後も、相変わらずアルバイトは見つからず、部長からの連絡もない。
さすがに金曜の夜にはどっと疲れが出る。
そんな1月の終わりに、店のピンク電話が鳴った。
「あのう、アルバイト募集の張り紙を見て電話したんですが、まだ募集はしていますか」
やった! 僕は心の中で叫んでいた。
「はい、まだ決まっていません。アルバイトをお願いできるのなら、面接をさせていただきますので、よろしくお願いします。僕は面接できませんが、会社の部長が面接しますから、いつ頃来ていただけますか」
「来週の月曜日なら大丈夫です」
月曜日の夕方、小柄で細く、顔の小さな女の子が店を訪ねてきた。
「どうですか? 部長」
「ちょっと線が細いから長く続くかなぁ、それが心配だね」
「えっそんなこと言って選んでいる場合じゃないでしょう。いくら夜が暇だからと言っても、僕一人じゃ無理ですよ。部長採用して下さいね。頼みますよ」
頑固な部長も
「仕方ないね。いつから来られるか連絡しておくから、まぁ使ってみることだね」
「ありがとうございます」
やがて彼女は、毎日夕方6時に来てくれた。
最初は慣れないウエイトレスの仕事に戸惑ってはいたが、頭の回転も速く、すぐにミスなくサービスをこなしていくようになった。
華奢な感じはしていたが動きが良く、忙しくなっても元気に、仕事をてきぱきとこなし、注文も7、8人はメモなしで覚えてくれ、仕事が楽しかった。
一人で食べることが多かった賄も、二人で一緒に食べられるようになり、会話も弾んだ。
僕が自分の店を持つことや、家族の話、好きな音楽や学生時代の話をしていると、彼女がぽつり
「前に私一度お会いしているんですが、覚えています?」
「えっ、うそでしょ?」
「去年の12月の夜、女の子二人が、コーヒー2杯で閉店まで粘っていたのを、覚えていませんか」
「えぇ、それってまさか髪の毛が腰まであったあの人? 全然雰囲気が違うから分からなかった。ごめんなさい」
「別に大丈夫ですよ。あの時は4年付き合っていた人と別れて、会社も辞めて家の手伝いをしていたんです。御茶ノ水に勤めている友達が、お茶でも飲まないって誘ってくれて、新しく出来たこの店で話をしていたんです。その時、アルバイトの募集を見てどうしようかなと思い、今年面接に来たんです。すっきりとしようと思って髪の毛も切って」
「そうなんだ。でもよかったうちの店に来てくれて、本当に助かっているんです。感謝しています」
二人だけ残った店に、Carole KingのYou’ve Got A Friendが流れていた。
その後も彼女は、ずっとショートカットのまま、一緒に働いてくれている。
45年経った今も……
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