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半・蔵人生活


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記事:岡 健一郎(ライティング・ゼミ木曜コース)
 
 「今日は50%精米の299kgやから30個やな。」
 「はい。掛(かけ)だから28%からのグラデーションですかね。」
 「そうれでええわ。」
 社長とこんな会話をして米を量り始める。洗米用の米袋は基本的に一袋10kg入れる。299kgの時は最後の一袋だけ9kgにする。この大量の米を洗って、水を吸わせる。その吸水率を28%、29%、30%と一定量ごとに1%刻みで変えて、吸水率の違う米の層を甑(こしき)に作る。米を蒸す時に均等に蒸されるための工夫だ。問題は、この吸水率はコンピュータに指定すればできるわけではなく、水に漬けておく時間を調節して実現するということだ。また吸水率を28%にするときの時間はいつも同じではなく、米を洗う水の温度や漬けておくタライにはった水の温度、気温などによって変化する。なかなかに難しい作業である。それにしても、家で食べる4合分の米しか洗ったことが無かった私が数百kgの米を洗うことになるとは1カ月前には考えもしなかった。
 
 ある酒蔵の酒造りを手伝うことになって今日でちょうど1カ月になる。今年の夏に15年ぶりにこの蔵の酒を呑んだ。なかなか他にはないパンチの効いた酒で、すぐに虜になった。ネット専業の酒屋を始めたばかりの私は「取り扱いたい!」と思い、蔵元へご連絡した。帰ってきた答えは「あかんな」。
はじめは私が酒屋を始めたばかりで付き合いもない若造だからかと思ったが、理由を伺ってみると後継者がいない上に、夏前に社長兼杜氏が入院したこともあり、あと数年で廃業を考えているから取引先を減らしている最中ということだった。そこで新しい取引先を増やすわけにはいかないと。
 
 取り扱いを断られた私だが、その味を忘れられず、その後も蔵へ酒を買いに行き呑み続けた。この酒がなくなるなんて思いたくなかった。そんな日々が4カ月ほど続いたとき、蔵で「アルバイト・蔵人 募集」があった。もちろん私は酒造りの経験などない。年も47歳で体力に自信があるわけでもない。それでも何か手伝えるならと思い、応募した。その後の紆余曲折を経て、今、私は酒米を洗っている。
 
 指導してくれる社長は70歳近い。始まってみたら、基本的に社長と私のふたりきり。時々奥さんとパートの女性が手伝ってくれるのみ。当然、体力仕事は私が担当することになる。造る量は最盛期の1/10らしいのだが、それでもこの人数で造るのは初めてということだった。機械化も最低限の手造りだから量は少なくてもやることは多い。
私はサラリーマンを辞めて酒屋になるときに「いつかは酒造りにも関わりたい」とぼんやりと思っていた。ただ普通は職人の世界で、修行期間も必要だし、造りの期間に他の仕事が何もできないということは現実的ではないこともあり、難しいと思っていた。しかし、特殊な条件が重なって、私でも色々とお手伝いできる環境に今いることが信じられないが現実だ。本当に世の中にはどんな縁があるか分からない。
 
 酒造りの工程は昔から勉強していたし、唎酒師を取得するときに体系的にも勉強したが、実際にやってみると見えるものがとてもたくさんある。分からないことは社長に聞くと本当に何でも答えてくれる。杜氏として酒を造り続けてきた人は自分の蔵の酒造りについては全てを知っている。もちろん、蔵によって造り方は違う面も多く、地域によっても杜氏の流派によっても細かい違いは非常に多い。そういう意味では目の前の社長は酒造りの全てを知っているわけではない。しかし魅力的な酒を造っている蔵では、自分の蔵の事について、長年考え抜いて作業しているため、理論的にも経験的にも話が深い。会話をすればするほど凄さがわかる。しかし、あと数年しかこの酒は呑めない。
 
 日本酒の消費量が年々減少する中、廃業する酒蔵が後を絶たない。全国には後継者がいない酒蔵がたくさんあると聞く。その中には信念をもって魅力的な酒を醸している蔵もあるだろう。しかしそれを継ぐ者はいない。その一方、30代で酒蔵を継ぐ人もおり、新しい取り組みをすることも多いため、記事などに取り上げられて目立つ。しかし、そんな蔵はほんの一握りだ。また酒蔵の経営者である“蔵元”と造りの責任者である“杜氏”を兼ねる人も増えており、蔵人の社員化がすすんでいる。このことから季節労働としての杜氏集団は減少している。社会環境を考えるとそれは仕方がないことだと思う。しかし、杜氏から蔵元杜氏への経験と技術の継承は十分に行われているのだろうかと心配になってしまう。
 
 早朝の蒸米運びや午後の米洗いは体力的に大変な作業だ。これらが機械化されているところも少なくはない。しかし自分でやることで見えるものがある。この酒が完成して呑んだ時、私は何を感じるのだろうか。それが今から楽しみで仕方がない。
 
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2018-12-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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