ミラーニューロン防衛戦
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:コバヤシミズキ(チーム天狼院)
ピタッと、カップを持ち上げた手を止めた。
さっきまで話をしていた友人が、ピタリと話すのを止めたので、思わず私も口をつぐむ。
カフェのざわめきで間が保てなくなった頃、先に沈黙を破ったのは私だった。
「被ったね」
「ね」
そう言って下ろしたのは、カップか、それとも肩の荷か。
膝の上で握った拳が、じっとり手汗にぬれている時点で、もうお察しだろう。
「また、やっちゃった」
今日もPCの前でうなだれる。
どうしてもやってしまう自覚した悪癖に、自分自身が一番辟易していた。
「まねっこ、なんてかわいいもんじゃないよね」
コーヒーカップを下げるタイミングでさえかぶせてしまった。
今日だって、気をつけていたはずなのに。
「憎いな、ミラーニューロン」
ワンテンポ遅れて動作をコピーする、瞬間的なストーカー行為。
気味が悪いだろうと分かっていても、やってしまうのは最早本能で。
やはりどうしようもないのかと、今度また気を付けようと意気込んだ。
“ミラーニューロン”なんてものをご存知だろうか。
ググったら一発、だけど脳科学のサイトが死ぬほど引っかかる。
……そこに色々詳しい説明が書いてあるけれど、読むだけで眠ってしまいそうで。
ざっくり申し上げて“相手の行動を見て自分も同じ行動をしているように反応する神経細胞”のことらしい。
もっとわかりやすく言うと“まねっこ細胞”。
「あ、やべ。被っちゃった」
食事の席でパスタを巻くタイミングが被る、みたいな。
そんなときはコイツが働いている、らしい。
「わざとじゃないんですよ」
そんな言い訳をして、お茶を濁す。
そんなことが多々、いや毎食あった。
……もちろん言い訳するようなことでもないのは分かっている。
だけど、どうしても言い訳してしまいたくなるような。
それこそ、このミラーニューロンくんが憎くなってしまう理由があるのだ。
「あ、見ちゃった」
しまったなあ、と零しても後の祭り。
スマホの画面には、私が調べていたポージングの他に、ソレを参考にしたであろうイラストが映し出されていた。
私の描くモノより、ずっと美しくて鮮烈なイラスト。
「こんなもの見ちゃったら、また」
視線の先のスケッチブックには、まだ下書き段階の少女がいる。
しかし、画面の中の美しい少年を見た途端、どうしようもなく少年を書かなければいけないような気がして。
いかんいかんと下書きを進めても、結局どこか少年らしさを帯びた少女が微笑んでいるのだ。
「こりゃ、ダメだな」
頭から離れない美しい少年の姿を振り払うように、スケッチブックから少女を破り取る。
それを丸めようとして、やめて、結局そのままゴミ箱に放り込む。
「影響されやすいのも困りもんだな」
見てしまえば、終わり。
メデューサよりもたちが悪い、ミラーニューロンに両手を挙げて降伏したのだ。
「パクりじゃないんだけど」
この人に影響を受けました! と堂々と言えれば良いのだろう。
でも、それも覚えていないくらい、もうだれに影響を受けたかなんて分からないのだ。
『この人、パクってます!』
SNSで誰かを糾弾する投稿を見る度、何故か私がドキッとする。
何を、どこまで?
そうやって元のイラストを見に行って、明らかに真似て載せていると分かれば、少し安心する自分がいるのだ。
「私は、こうじゃない」
嫌なやつだね、分かってる。
だけど、いずれ糾弾される側に立つのが恐ろしくて、描いては消して、描いては捨ててを繰り返している。
「そのうち身動き取れなくなるよ」
ふと目についたゴミ箱の中の少女が、意地の悪い顔で笑っているような気がして。
底の方に押し込もうとして、やっぱりやめた。
「悪あがきしてみる?」
何度描いても、誰かの絵に似ているような気がする。
それが嫌なのは、あの日コーヒーカップを持ち上げたときと同じ、申し訳なさに押しつぶされそうになるから。
だけどそれ以上に、私自身が自分で自分を糾弾してしまいそうになるのが恐ろしいから。
「女の子にしてあげる」
握りしめたカッターで、拾い上げた少女の周りを細かく切り抜いた時、それをもう一度ゴミ箱に放ろうとは思えなかった。
……やっと、少女から少年の面影を切り取ることが出来たのだ。
友人がカップを持ち上げたのを見て、私はホットケーキに口を付けた。
「めっちゃエモいね、ここ」
「でしょ。また来よ」
握ったフォークで切り取ったホットケーキは、いささか不格好だけど。
口に入れたとき、いつもの倍甘く感じた。
「甘美な勝利、だっけか」
人間の本能、神経細胞ミラーニューロン。
抗えないと分かっていても、安心して甘いホットケーキが食べられるなら、何回でも策を講じよう。
私のミラーニューロン防衛戦は始まったばかりだ。
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