メディアグランプリ

私を変えたボールペンという名の革命


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:飯田峰空(ライティング・ゼミ木曜コース)

「私の授業では、シャープペンシルの使用は絶対に、認めません」
高校1年生の4月。
高校に入って初めての授業で、数学の杉山先生が言った。

え? 高校生になって、いまさら鉛筆使うの? と、クラス中が戸惑った。
すると杉山先生は、戸惑う生徒をよそ目に、続けてこう言った。
「この授業では、全員黒のボールペンで授業を受けてもらいます」

衝撃的な展開だった。
数学では、答えだけではなく、計算や証明などの過程も回答として必要とされることが多い。
一発で解けない問題もある中で、どうしてボールペンで書く必要があるのか。そもそも、高校生は黒のボールペンを、あまり使わない。鉛筆やシャープペンシルか、遊び用の色ペンやマーカーばかりが筆箱に入っている学生にとって、黒のボールペンは馴染みがない。何かの景品でもらうけれど、可愛くないし使い道がわからないペンといった印象だ。

「じゃあ、間違えた時はどうしたらいいんですか?」
と、勇気ある一人が質問した。全員、そうだそうだと心で言っている。
「間違えた時は、間違えたところをバツ印で消して、次に新しく書いてください。正解よりも、間違えた時にどうして間違えたか、を知ることが重要なのです。単に計算間違いをしたのか、解き方が悪かったのか、どこから間違えたのかに気づいて欲しいのです。」
……言いたいことはわかった。確かに、授業を受けていると、授業を理解することより、綺麗に板書して美しくノートに残すことに集中しちゃうことってあるよな。模範解答だけ写してやった気になるし。じゃあ、ボールペンは慣れないけれど使ってみようじゃないか、という気持ちになった。

実際にボールペンを使って数学の授業を受けてみると、案外面白いのだ。当然ノートはぐちゃぐちゃになるし、一つの問題で3〜4ページも使うこともザラだった。でもそのおかげで、
使うノートの量は増え、格闘の跡がわかる。勉強を頑張っている感覚を視覚的に味わえるのだ。
そして何より、間違った解き方を消しゴムで消さない姿勢が、とてつもなくロックでクールに思えた。不都合なことや失敗をごまかしたり消し去らずに、認めて受け止めているような、潔い人になったような気がするのだ。
結局、数学の授業は何一つ覚えてないが、私はボールペンを使うことにすっかり傾倒した。そして、ボールペン信者として、大学生となり社会人になり、当然仕事でもボールペンを使っている。カレンダーの予定が変更になれば、二重線で消す。仕事のメモを書き直すときには、ページを新しくすることで問題なくやっていた。

しかし、そんなボールペンライフに激震が走った。
消せるボールペンなるものが生まれたのだ。
私も発売当時、確かに気にはなった。しかし、「消せる」というこの商品の最大のウリは、同時にロックで潔いボールペンのアイデンティティを奪っている。
私よ、ボールペンなのに消せる、なんてリスクを背負わずに美味しいところだけ享受する人間になっていいのかと、これからの人生像を問い、散々悩んだ挙句、消せるボールペンとは距離を置くことにした。たかがボールペンでそこまで考えるかと思うところだが、当時の私にとっては重要なことだった。

それから10年ほど経ったある日、景品として消せるボールペンをもらった。
もう潔いボールペン思考が染み付いている私は、人間性云々なんて考えずに軽い気持ちで使ってみた。
驚きだった。
とても、使いやすいのだ。

そりゃそうだ、今や世界中の観光客がこぞって買う大ベストセラーだ。
自分のスケジュール帳に使ってみる。間違えた、二重線を引く。あ、そうじゃなくて消してみよう。消えた! え? 間違えても消せるじゃん? なんて、当たり前のことに驚いた。

あんなに目の敵にしていたのはなんだったのだろう。私はするっと、消せるボールペンを受け入れることになった。

思えば、消えないボールペンを大切にしていた頃、私は潔い人になりたかった。
自分の失敗をごまかさずに、まっすぐにいられる人になりたかった。消すことや書き直すことは、弱い行為だと思っていた。
でも実際の私は違った。失敗をごまかさずに書き続けるのではなく、間違って二重線を引くのが怖くて、なかなか行動ができない人だった。確かなものにならないと、確定しないと動けない人間だったのだ。そんな自分を自覚していたから、消せないボールペンを過剰に大事にしていたのだと思う。
しかし10年の時を経て、私もたくさんのことを学んだ。消したい間違いもしたし、消せない失敗もあった。その中で、間違いながらも、消して、何度も書くこと、チャレンジすることは、決して弱いことではないと気づいたのだ。
だから、意識することなく、自然に消せるボールペンを手に取れたのだ。

持ち物はその人を表すという。その中でも筆記用具は、性格をうつす鏡だ。
使いやすさ重視なのか、デザインが大切なのか、価格、ブランドなど選ぶ基準が無数にある。そもそも、それすらも気にせずに目の前にあるものを使う人もいる。私には、「消せること」「消せないこと」が、自分の性格の中で何よりも重要なことだった。

今では、私の筆箱には、消せないボールペンと消せるボールペンがどちらも入っている。
潔さと、何度もやり直していいと思う柔軟な心の二つを、私は持つことができたのだ、と筆箱を見るたびに思って微笑ましくなる。

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2018-12-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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