メディアグランプリ

犯人を落ち着かせて人質を解放したい人は必読


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:佐々木啓(ライティング・ゼミ木曜コース)

 

「動くな! ぶっ放すぞ!」

私の背後で男が凄んでいる。恐ろしい。早くその場から立ち去りたい。

 

だがそうもいかない理由がある。なぜなら男の片腕が私の首元を締め付けているので自由に動けないし、それどころかこめかみにはピストルの銃口が押し付けられているからだ。つまり私が動くと“ぶっ放す”と言っているのだ、ピストルを! ……それはどう考えても困る。とても困る。

 

だから何とかしてこのハードな状況から脱出しなければならない。まずは犯人の気を逸らせよう。興奮させると逆効果だ。体は使えない。ということはしゃべり、話しかけるしかない。みじめったらしく憐れみを乞うて、そして逆転のチャンスを待つのだ。

 

「わあ、助けてくださいお金なら払いますいくらですか本当に助けてくださいなんでもします家には小さな子供が五人もいて腹をすかせて私の帰りを待っているんです」

もじもじと体のポジションを動かしながら一息にまくしたてる。

 

「……五人もいるのか?」

話に乗ってきた。

 

「そうなんですそのうち一人は今年生まれたばっかりでまだ首も座っていなくて私がいないと家族全員が困るんです本当にどうか助けてく」

首に巻きつく腕の力が弱まった瞬間、私はピストルの銃身をつかみ、体全体の力を使って犯人の背後に押しやった。銃口はいま撃たれても絶対に自分に当たらない方向に向いている。その体勢を取ったまま膝蹴り膝蹴り、そして膝蹴り。ひるんだ犯人からもぎ取ったピストルを逆に突きつけて一言。

 

「“なんでもします”って言ったな。ありゃ嘘だ」

バーン

 

犯人はうっ! と胸元を押さえるとこう言った。

「撃っちゃうのはやり過ぎじゃないっすか(笑)」

「あはは、過剰防衛ですかね」

私は笑いながら元・犯人の背後から首に腕を回し、ゴム製のピストルをこめかみに突きつけた。犯人交代である。

 

Let’s take a 2 minute break!」ここでトレーナーの声がスタジオに響いた。2分休憩? みんなタフだな……。私はいっしょに練習していたパートナーと壁際に座って話しかける。

 

「ピストルをもぎりとる練習なんて初めてですよ。さすがクラヴマガ、イスラエル国防軍御用達の格闘技って感じですね!」

 

 

 

ここは都内某所、クラヴマガのセミナー会場である。テーマは「ホステージ・シチュエーション」。つまり自分が人質に取られた時、または誰かが人質に取られているのを前にして何ができるか? を学ぶのだ。

 

私は警察官でも自衛官でも犯罪交渉人でもない。ただ何が起きるか分からない現代社会、自分や家族を守るために知っておいて損はないだろう。いやむしろ積極的に身につけたい! そう思ってのエントリーだ。しかも今回はシンガポール軍のクラヴマガ教官が来日しての直々の指導である。これを逃す手はない。

 

短い2分間休憩、この時間を使って今までやってきた練習内容をメモる。ナイフを喉元に当てられた時、ナイフを首筋に当てられた時、そしてピストルをこめかみに突きつけられた時……。物騒だな。願わくば一生めぐり合いたくないシチュエーション、一生使いたくないテクニックだ。

 

そんな中、一番興味深かったのは「誰かが人質に取られているのを前にして何ができるか」だ。

 

犯人は人質や自分が手にしている武器、例えばナイフに注意が向いている。その注意をなんとか外側に向けたい。そうすれば文字通り「手元がお留守」になるからだ。

 

反対になんとしても避けたいのは犯人が自暴自棄になること。「もうどうとでもなれ!」と人質に危害を加えてしまうことだ。

 

「落ち着け!」と怒鳴りつけたら逆効果になることは誰にでもわかる。だから、

「犯人を興奮させないように、落ち着いたトーンで話しかけて」

とトレーナーは言う。

 

「これって私の本業の心理療法とまったく同じだなあ」

私は犯人に話しかける練習をしながら思った。

 

心理療法家やカウンセラーの元にやってくるのは悩みを抱えた人である。その様な人に対して、例えば明らかに緊張したカウンセラーが

「安心してリラックスしてくださいね」

と言ったら。

 

例えば

「お話、じっくり聴かせていただきます」

と言いながら、話し始めると

「それは○○した方がいいんじゃないですか」

とすぐにアドバイスし始めてしまったら。

 

「思ったこと感じたこと、なんでも話していいですよ」

と言いながら、特定の話題になるとカウンセラーがあからさまに不満な表情を見せるとしたら。

 

心理療法やカウンセリングに限った話ではない。「言っていること」と「やっていること」が違っていたら、まず信用されることはないだろう。

 

リラックスして欲しいなら自分がリラックスしていること。

じっくり聴くと言ったならじっくり聴くこと。

思ったこと感じたことを話していいなら、自分が感じたことも正直に表現すること。

 

そして、犯人に落ち着いて欲しいならまず自分が落ち着くこと。

 

女性の首筋に(ゴム)ナイフを突きつける犯人。それを前にして私は言語的・非言語的な心理療法のテクニック使い緊張を解いていった。これは私だけの武器。この忘年会シーズン、人質とまではいかなくとも、もめてる酔っ払い対策に良さそうだ……。

 

OK, let’s go!

もう二分? ああっ! メモしきれない!

 

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2018-12-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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