障害者手帳を手にして描く新しい地図
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:林絵梨佳(ライティング・ゼミ木曜コース)
障害者手帳を取得した。
精神障害等級3級。
生まれて初めての資格を手に入れた今、この資格とどう付き合っていくか、もがいている最中だ。
私ぐらいの等級だと、手帳を申請しない選択をする人も多い。自分がその資格に該当することに気付かないままの人も。
でも私は知りたかった。
障害者になる、ということを。
金銭的な面での援助より、その好奇心の扉を開けたい欲求の方が強かったかもしれない。
私は病気になってから電車、特に地下鉄が苦手になった。
人と人の距離、臭い、閉塞感、照明、気圧の変化、過去に駅構内で見知らぬ人から暴力を受けた記憶も関係すると思う。
乗っている間にめまいや頭痛、耳鳴り、息切れがしたり、嗅覚が過敏になり少しの臭いでも気持ち悪くなってしまう。
今は一人で電車に乗るということは私には一大イベントになった。なるべく短距離か、やむを得ない事情以外では乗らない。
優先席に座らせてもらうことも少なくない。
しかし、私の障害は見た目にはわからない。
高齢でも妊婦でも子連れでもない、怪我もしていない健康な成人に見える私。
優先席に座った途端、車内中の人から非難の目で見られているような気がしてしまう。
怯えながら乗車している間に、より体調は悪くなる。
知っている。
私のその異常な怯えは、かつての私からの暴力だ。
元気な頃の私は、優先席に若い人が座っていて近くにご年配の方が立っていたりすると、
「あ〜あ、あの人譲ってあげればいいのに」
とか、自分が疲れて立っている時は目の前に座っている人を恨めしく思っていた。
座っている人にはなんの罪もないのに。
「早く降りろよ」
と心の中で舌打ちしていた。我ながら恐ろしい。
今その暴力は全て私に返ってきている。
私自身が私を殴っている。
だからやり過ごすしかない。私が落ち着くまで。
そういう時、この手帳は最後の切り札のような、お守りとして機能している。
混んでいる中、座っていてごめんなさい。
でもこれを持っていれば許されるはず。
そうでなければ社会にはもうどこにも私の居場所はない。
ポケットの中で手帳を握りしめ、1秒でも早く目的地に着くことを祈っている。
ある日、恋人の家に泊まった。
翌日彼の家から近い美術館に一人で行く予定を立てた。
都営線を乗り継げば私の資格を使うと交通費はタダ。
しかも国公立の美術館の入場料もタダ。
手に入れたからには手帳をフル活用しよう。
ずっと見たい展覧会だったし、これは行かなきゃ損だ!
そういう貧乏症な思いだった。
でも当日、私の体は動かなかった。
都営線は無料といっても、苦手な電車に乗ることには変わりないので、その緊張が私をじわじわと追い込んだのだと思う。
行こう行こうと思うほど、体は鉛に、頭は締め付けられ、意味のない悲しみが猛威を振るう。
「こんなに天気が良いのに、一人で電車に乗って、大好きだった美術館に行くこともできない。私はもう何もできない。生きている意味なんてない」
そういう思いが勝手に脳の中で増幅する。そうなってしまうと落ち着くまでにかなりの時間を要する。
この思考が病気のせいであることはわかっている。でも嵐のようなもので、通り過ぎるまではじっと耐えるしかない。
「できないできない病」と私は呼んでいる。
溢れ出る涙を拭くこともできないほど体は重く、布団の中でただただ硬直しているしかない。
恋人が、仕事に出かける準備をしながらその様子を眺めている気配だけを背中に感じていた。
準備が終わったらしい恋人が、私を布団から起こして涙を拭いて、ぽんぽんとなだめてくれた。
そしてふと、
「障害者手帳持ってる?」
と聞いてきた。
こくりと頷く私。
一緒に家を出て彼の車に乗せてもらう。
この日彼の仕事の現場が私の家の近所の予定だったので、ついでに家まで送ってくれるのだと思っていた。
でも車窓から見える景色は段々と、私が行こうとしていた美術館に近づいていた。
ついに美術館の横まで来ると、門の横に立っていた警備員さんに彼が
「すいません〜。障害があってそこの駐車場停めさせて頂けると嬉しいんですけど……。あ、手帳もあります〜」
と低姿勢で挨拶し、一般来館者は停められない美術館すぐ横の駐車場に停めさせてもらった。
車を降りると目の前が美術館の入り口で段差もなくノーストレスで入館できる。しかもやはり駐車場代はタダである。
私が先ほどの「できないできない病」の余韻もありぽかんとしていると、恋人が手を引きさっさと進み、チケットカウンターにも並ばずに済み、そのまま手帳のみでスムーズに入館できた。
本人だけでなく付き添い一名も無料で。
ずっと見たかった展覧会は想像よりも遥かに素晴らしく、見終わる頃、ポストカードも買ってほくほくの私はすっかり元気になっていた。
恋人にお礼を言った。
「手帳ってこういう使い方できるんだよ。それに、一人じゃできなくても二人ならできることもあるでしょ」
と彼は答えた。
障害者割引のある公共施設は大概手帳を持っている本人の割引だけでなく
「付き添いの方一名を含む」
と書いてある。
その文言と、恋人の言葉が気付かせてくれた。
そもそも「一人で」という想定を誰もしていなかったのだ。
恋人も、公共施設も、手帳を発行する側の国も。
私だけが「一人で」やる、「一人で」行く、「一人で」生きていくと思い詰めていた。
この手帳は、見えない敵と戦うための武器、私が一人で荒廃した社会を生きていくための最後の切り札ではなかった。
私と、私を支えてくれる誰かの負担を減らして居場所を作ってくれるパスポートだったのだ。
これからはこのパスポートを持って居場所を増やしていく。
元気だった頃とは違う、私の新しい地図を今から描いていく。
誰かに助けてもらいながら。
地図はいつか私と同じような悩みを抱えている人に届くように大切に描きたい。
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