メディアグランプリ

お母さんこそ出会いがほしい


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:あさみ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
「あの時はもう限界。朝、起き上がれなくなっちゃって」
 
恵比寿のカフェでサンドイッチを食べていたら、隣の席から悲痛な会話が聞こえてきた。
 
「そっかあ……大変だったんだね」
「私もうだめかと思った」
 
ブラック企業のことではない。
話しているのは小綺麗な女性ふたり。いずれもおそらくアラフォーで、いっぽうの女性がもういっぽうの女性に向かって悩みを吐露しているようだ。
 
何があったのだろう。思わず聞き耳を立ててしまう。朝起き上がれないほど彼女を疲弊させたものとはいったい。
 
タイミングを見はからって、彼女の顔をチラ見する。彼女は眉間にシワを寄せながら、ティーカップをすすっている。
 
「やっぱり中学受験しなきゃダメなの?」
「中学受験しないと、いい学校なんてないからね。高校からの受験もあるけど、ほんとにいいところに入れるのはひと握り。すごく難しいよ」
 
ああ、そうかー。中学受験かー。
 
私にも小学生の娘がいるが、中学受験を考えたことはない。この時点で「もう聞かなくていいかなあ」とシャッターを閉じかける。でも、いったいどうして中学受験がそれほどまでに壮絶なのか。もうすこし聞いてみようという気になる。
 
「塾にも家庭教師にもほんとにいっぱい払ってるの。家庭教師って高いのね。でも成績上がらないし、学校も行きたくないとか言われるし」
「学校に?」
「そう、いきなり言われて。こっちは途方に暮れちゃって。学校だけは行ってほしいと思うから。学校だけは」
「そうだねえ」
「もうまいっちゃって」
 
なるほど、不登校もかー。
けっこう重たくなってきた。彼女たちの声量が低くなる。
 
「いま学校には行ってるの?」
「うん、行ってる。もうそれだけでありがたいって気持ちになる」
「むずかしい年頃になってきたのかなあ」
「そうなんだよね。すっごく振り回されるのよ。お弁当もちゃんと食べてくれないし。中のおかずがくっついたらダメだって。唐揚げと卵焼きがくっついちゃったら、もう食べてくれないんだよ」
「うわあ、大変」
「妹とか来ると、ほんとイライラするわけ。しつけがなってないとか言われてさ。年頃だってわからないんだよね。私にも『息抜きしたら?』とか『自分の趣味を見つけたら?』とか、いろいろ言うわけ。そんなのできるわけないじゃない。日中やることドッサリ溜まってるんだってば!!」
 
うーん、そうか。いろいろ溜まっているのかー。
私はサンドイッチを食べ終えて、コーヒーをすすった。
やがて話は、将来の職業へと移っていった。
 
「芸術家とか小説家とか、心底やめてほしいわけ。絶対食べていけないじゃん。私も音大出たけど、音楽の仕事についた人なんてほぼ皆無。みんな普通の会社に就職して。とにかくなんでもいいから普通の会社、普通のところに入ってほしいんだよね」
 
なるほど、なるほど。普通の会社、普通の人生。
でも、普通の人生ってどんなだろう。
あなたのような?
 
「うわあああん! うわあああん!」
奥の席で、ベビーカーの赤ちゃんが堰を切ったように泣き出した。若いお母さんは声をかけてなだめようとするのだが、赤ちゃんは泣きやもうとしなかった。
その泣き声に急かされるようにして、隣のふたりはいそいそと席を立った。その姿は人混みに紛れこみ、私はもう彼女たちを見分けることはできなくなった。
 
なんだかなー。
私はコーヒーを飲み終えた。正直言って、後味はいまいちだ。
もう一度、彼女の悲痛な表情が思い出された。
 
きっと、すごくちゃんとした人なのだろうと思う。彼女は彼女でがんばっている。そのことは、テーブル越しにひしひしと伝わってきた。彼女はただ母親業というものを、いたって真面目にこなそうとしているだけなのだ。毎朝娘のためにお弁当を作り、朝食を用意して、娘が学校に行ってしまうと、家の掃除や後片付け、洗濯が待っている。そこから娘の受験に関する資料を読み、インターネットで不登校についてあれこれ調べ、家計簿に目を通し、銀行やスーパーに行き、洗濯物を取りこんで、さて今夜の夕飯は……。
娘には、とにかく幸せになってもらいたいと思う。高望みはしていない。華々しくなくていい。ただ普通のささやかな幸せ。そのために自分にできることを毎日必死でやっている。
 
だからこそ、いたたまれない気持ちになる。どうしてそんなにつらいことになるんだろう。どういうわけで窮地に立たされてしまうのだろう。もちろん他人がとやかく言うことではないけれど、このモヤモヤはいったい。
 
席を立って駅に向かって歩くうち、ふと思った。
 
お母さん、出会わなきゃ!
 
出会い系のことじゃない。不倫相手のことでもない。
とにかく真面目なお母さんほど、いったん家の外に出て、なにかに出会ったほうがいい。そんなふうに直感した。
 
なにかというのはなんでもいい。人でもいいし、どこかのチームや組織でも、アクティビティでもなんでも。わかりやすいのは働くことだ。働くことで、あたらしい人びとや向かっていけるコトに出会う。そんな出会いを介することで、また別の自分に出会っていく。
 
そうでなければ、いつまでたっても「○○ちゃんのお母さん」という自分のままだ。母親という役割、ある意味では演じてもいるその役に、いつの間にかほかの自分、以前の自分が呑みこまれる。子どもからは「お母さん」、夫からも「お母さん」 、まわりからも「○○ちゃんのお母さん」。そうやって母親はいつの間にか自分の名前、ファーストネームをわすれてしまう。
 
作家・平野啓一郎さんがこんなことを言っていた。
自分というのは1つではない。どこかにほんとうの自分がいるのではなく、さまざまな相手や場所、関係性のなかでいろいろな自分がいていいはずなのだ、と。たとえば、この人といるときの自分はあんまり好きじゃないけど、あの人といるときの自分はけっこう好きだよなあ、というふうに。だから、自分と言ってもいろいろな自分がいることを認めてやること。その中で、好きな自分を見つけていくこと。好きな自分を1つ見つけていくごとに、生きていくための足場ができるから。
 
彼女はいま、娘を通して見える自分をどう思っているのだろうか。
もし自分を好きになれないのなら、どんどん外に出てみてはどうだろう。ドアを開け外に出て、人やコトに出会ってみたらどうだろう。もっと言うと、働いたらどうだろう。
そうやってほかの場所で、好きな自分を見つけていく。いまの自分に好きな自分を1つずつ足していく。
 
自分のことが愛せないまま時が過ぎると、命にかかわる問題に発展することがある。それに比べたら、家事の1つや2つサボっても全然オッケーだ。
え? そんなの、母親失格?
案外、娘も気が楽になるんじゃないのかな。お母さんが笑っていれば。
 

***

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2018-12-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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