父と男。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:山本美奈子(ライティング・ゼミ日曜コース)
私は、いわゆる「おじさん好き」だ。
私の父は、私が小学4年生のときに突然死んだ。あっけなく。
あれはとある平日の、給食後の5時間目の図工で、版画を彫っている最中だった。
普段怖くて仕方ない鬼のような美術の女教師が、突然、耳を疑うような優しい言葉で「今からお姉さんが迎えに来るから、帰る準備をしなさい」と耳元で囁いた。
普段と異なる環境に異常に興奮する私は、ランドセルに荷物を詰めて、その鬼女教師と一緒に連れられて行ったのが、なぜか校長室。
おそらく、全校生徒のほとんどが入ったことのないこの部屋に通されると、白髪混じりで黒縁めがねの校長先生がいた。
全校集会の時に、壇上で「ありがたい」お言葉を発している灰色の背広姿のおじさんが、黒のふかふかした革張りのソファに座っていて、とても優しい穏やかな声で、ゆっくり話しかけてくる。その時の会話はひとつも覚えていないが、その時の光景は、今でもまじまじと思い出す。
美術の先生と張るくらい怖いうちの担任の鬼女教師も、私の隣でずっと私の肩をさすりながら優しく言葉をかけてくる。
普段、鬼だと思っている人たちの気持ち悪いくらいに優しかった態度がどんな意味を持つのか、当時の幼い私には知る由もなかった。
間も無く到着した、姉を乗せたタクシーは、小学校の校門をくぐり、正面玄関まで来た。
普段、滅多に車は停まらないが、雨が降っても濡れることのない、立派なロータリーがある玄関だ。
そこに、校長先生と鬼女教師二人が、神妙な面持ちで私たちを乗せタクシーを見送っていた。
10歳の私は、まるでお金持ちのお嬢様になった気持ちで、意気揚々とタクシーの後部座席からその光景を眺めていたら、隣に座っていた高校2年生の姉から、ひきつる真っ青な表情で、お父さんの病院に行くよ、と言われた。
数十分後、到着した「お父さんの」病院。今まで数回お見舞いに来たことがあるので、手慣れたもんだと得意げにエレベーターの階を押し、いつもの病室に向かおうとした。
未だかつて見たことのないほど目を真っ赤に腫らしたお母ちゃんから、そっちじゃないよ、と言われ、連れて行かれたのは「ICU」とかいう別室。なんだか特別感たっぷりの部屋に、またまた意気揚々と向かう私。
扉を開け、まず目にしたのは、管だけらの変わり果てた姿の父親だった。
まず、形が、私の知っている父親じゃない。
ま紫の全身は2.5倍に膨れ上がり、胸が機械のように規則正しい上下運動を繰り返す。口からも喉からも不自然に伸びたホースには、父の身体から出ているのか入っていってるのか、赤黒い血が流れている。
不気味な胸の動きと、管の本数と、肌の色と……変わり果てた父親を前にしても、なぜだかわからないが「来週にはよくなる」という楽観的な気持ちしか生まれなかった。
夜遅く、特別に準備された待合室で寝ていると、母親に起こされ、お父さんのところに行くよ、と言われた。
「なんで、よりによってこんな夜中にお父ちゃんに会いに行かなきゃいけんのよ」内心、夜中に起こされたことに子供特有の苛立ちを感じながら、お父ちゃんのいる病室に向かった。
よくドラマである、黒のパソコン画面に、緑の線がぴょこん、ぴょこんと動いていて、「あれ、時々テレビドラマのシーンでよくで見るやつやー」と、その線の動きをぼーっと眺めていた。
ぴょこん……
ぴょこん……
ぴょこん……
ピーーーーーーーーーーーーーーー
え?
これ、よくドラマで観るシーンですけど。
え?
おそらく、誰よりも、本人が一番「まさか、死ぬとは思ってなかった」と思う。
私の父親は、あっけなく人生の幕を閉じてしまった。
子ども3人と妻を遺して。享年43歳。
私が身近で体験する、はじめての人の死だった。
私は今37歳。あと6年もすれば、父親の歳に追いつく。
不思議なもので、父親は永遠の43歳を手に入れて一生老けないのに、自分や姉兄が父の歳に追いついても、なんと言うか、ずっと「父親」は父親の風格なのだ。
私もいずれ、父親よりも10歳も20歳も歳をとることになる。
まだ、その時に達していないので実感は沸かないが、自分より若い「父親」を見て、どんな気持ちになるのだろう。
父と同じ歳の母は、すでに父親より20歳以上も老けてしまった。妻として、いつまでも老けない遺影の中の「夫」は、一体どんな風に映っているんだろうか。
世の中にたくさんの人たちが年の差婚をして、時々世間を賑わせているが、私が昔からひと回りもふた回りも上の男性に心惹かれるのは、きっと、幼少期の教育に必要な「頼れる父親」という存在が欠落していたという経験があるからだろう。
今や、20歳以上も離れている歳の差夫婦となった父と母だが、やっぱり、私にとって理想の「夫」と「妻」なのである。
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