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メディアグランプリ

正月、家族に向けて無職の事業報告会を開く


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:林絵梨佳(ライティング・ゼミ木曜コース)
 
2019年、元旦。
私にはやらなければならない大仕事が待っていた。
 

それは2年もの間、実の親と兄に隠し続けていた事実をカミングアウトすることだった。
 

2017年、うつ病になり、無職になった。
2018年、精神障害者手帳を取得した。
 

2年間ずっと家族にだけ隠し通してきた。
友人知人にはSNS等で大っぴらに公表しているのに。
実家も同じ都内にあって月に一度は帰省している。家族間も仲が良く会話がないわけではない。もちろん仕事の話も聞かれる。しかし私はずっと会社で働いているフリをして、仕事はうまくいっているので特に話すこともないよという顔をしてやり過ごしていた。
言い訳だが、2年前無職になった時は大したことはないと思っていた。うつの症状も軽い方だし、少し休んでまたすぐどこかへ再就職できると思っていた。家族には余計な心配をかけたくないので病気が治って再就職できてから事後報告すればいい、そう軽く見積もっていた。
 

ところが思いの外うつは治らない。そもそもうつ病に「完治」という概念はないことを知る。「寛解」というのだそうだ。再発しやすい病気なので、良くなったとしても、まるっと全部元通り! というわけにはいかないらしい。「持病」としてこれから死ぬまで付き合っていく病気なのだ。それが理解できてからは「再就職」の考え方をがっつり方向転換させた。今まで通りにやっていたのではきっと再発する。再発は繰り返せば繰り返すほど重症化する。そうならないためにどうするか、できる限り時間をかけて考えていこう。だから焦ってすぐに働き始めようとするのはやめた。そう腹を決めた。
しかしそうなると、更に長い期間家族を騙し続けなければいけない。それはさすがに心苦しい。そもそも嘘は苦手だ。家族に嘘をついているというストレスはうつ病にも良くないだろう。ちゃんと打ち明けよう。
 

さて、一人暮らしの娘が年始に実家に帰省してきて告げるには少々重たいこの事実を、いかにライトに、明るく、でも正しく伝えるか。
言葉足らずの私はきっと、話すだけでは伝えきれないし、誤解させ余計な心配をさせるかもしれない。
 

はじめは家族の誰か一人を外食に誘い出し、前もって味方をつけてから発表しようかと考えていた。
一番精神疾患に偏見があり心配性な母を呼び出しじっくり時間をかけて説明するか。仕事人として働くことの酸いも甘いも熟知している父に無職になった経緯を聞いてもらうか。はたまた一番フラットな関係で繊細かつ優しい兄に打ち明け庇護してもらおうか。
 

悩んでいる内に2018年が終わろうとしていた。
打ち明けるタイミングとしてお正月を逃したくなかった。父と母と兄、全員が食卓に揃う確信があるのがその日しかなかった。ここを逃したらまたずるずると言えなくなりそうだ。
 

悩んだ結果、プレゼン形式にしよう、と考えた。
得意のゆるかわイラストを添えたプレゼン用のスライドを作ろう。
話し言葉だけでは伝え損ねてしまいそうなこと、大事なことはあらかじめスライド内に書き込んでしまえば良い。文字も最初はテキストで打ち込んでいたけれど手書きの方が雰囲気を和らげられそうだ。
絶対に後味を暗くしたくないので明るいけど邪魔にならないようなBGMを流そう。何を流そうかな。膨大な数の音楽ライブラリからこれぞ、という曲を探す。
斯くして試行錯誤しながらタブレット端末とにらめっこをして年末は過ぎていった。
 

いざ、元旦。母がおせち料理を食卓に並べ、家族全員が炬燵の中へ揃い、年始の挨拶も終えた時
 

「私からご報告がございます」
と切り出した。いそいそとタブレット端末を取り出し、音楽をかける。軽快なドラムとマリンバの音楽が流れる。「家族カミングアウト用」というファイル名のスライドを画面に出し、紙芝居風に画面を見せながら話し始める。質問タイムは最後に設けるのでまずは何も聞かず一旦全部聞いてくれ、と前置きしてから。
 

「突然ですが」
ごくり……。いつもと違う私の様子に固唾を飲んだ家族の視線が集中する。スライドを次のページへと進める。
 

「無職になりました! パッパラー(効果音は自分で言う)」
え〜〜、と母の予想通りのリアクションが聞こえる。
 

「しかも。うつ病です!」
何だと……! という顔をしながらも初めの私の言いつけを守り、黙って聴き続ける真面目な我が家族。
 

「しかも、しかも」
まだなんかあるの? という不安げな空気。
 

「2年前から!! テッテレー(効果音は自分で)」
え〜〜〜、と再び母の声。私の明るい様子に深刻さは無さそうだと安心している家族の空気が読み取れたが、次のスライドでは絵に描いたような「絶句」を見せてくれる。
 

「障害者手帳も取得しました!」
 

ここまでテンポよくスライドを進めたが、このページを一番丁寧に伝えた。
元気だと思ってた娘が、妹が突然「障害者」になった。理解してもらうには時間を要することだと思う。この短いプレゼンだけでは受け入れきれないだろう。それでもまずは、なるべく誤解の起きないように説明するのが私の義務だ。交通費や展覧会の入場料、失業手当の受給延長などなど、この手帳を取得して随分助けられていることを説明した。そのおかげでお金の心配も今のところなく、のんびり趣味のことをする時間が取れていることも。
 

「まぁ、なんだかんだで楽しくやっています。お騒がせしますが今後ともどうぞよろしくお願いします。おしまい。パチパチパチパチ(自分で拍手しつつ効果音も自分で言う)」
 

そうして私の「無職の事業報告」は無事終了した。
家族は笑っていた。楽しくやっているなら良い、と兄が言う。母は何だかぶつくさ言っていたが、父が、えりかは才能があるから大丈夫だよと母をなだめてくれた。母も最終的には笑顔で応援してくれた。
この2年間、友人知人に「うつ病無職」を公表し続け、少しずつ理解してくれる仲間を増やし、自分の居場所を確保してきた。
そしてやっと最大の居場所を確保できた。もう大丈夫。そんな気がした。
 

その後、毎年恒例、近所の神社での初詣に家族全員で出かけた。
小さな神社だが参道には参拝客の行列ができていた。
「四人で一列になってください」
そう神社の人に指示されて家族四人一列で順番を待っている間に、厄年の早見表が目に入った。
 

「あ、私本厄終わった」
思わず呟いた。
 

2017年、うつ病になり、無職になった。前厄。
2018年、精神障害者手帳を取得した。本厄、しかも大厄。
そして2019年、本厄を終えて後厄になった。
しかし恐ろしいことに女の30代、2020年に厄が抜けたと思ったら、2022年また本厄がやってくる。
どうもこのままタダでは這い上がらせてくれないらしい。
それでも2年かけてようやく方向転換の素地ができた。
2022年の私は去年より逞しいと信じている。
これから寿命まで、付き合いきってやるからな、うつ病。そして私。
覚悟しろよ。
 

若干の勢いをつけて、賽銭箱に五円玉を投げ入れた。

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2019-01-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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