ちゃらぜに持ってけ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:春眠亭あくび(ライティング・ゼミ 平日コース)
「ああ、よく来てくれたな。ちょっと待ってな」
父方のばあちゃんは2歳と4歳になる僕の息子を自分の部屋に招き入れた。
「どこだったか。ああ、ここだここだ」
手にしたのは古びた小銭入れ。黒の革製で、表面がボロボロだ。
少し震える手でチャックを開けて、中から小銭を取り出した。
「ほら、ちゃらぜにだ。持ってけ」
息子たちに手渡す。
しめて150円なり。
親父は言葉が汚いとばあちゃんを叱っているがお構いなしだ。
子どもたちはニコニコしながら、お礼を言うのもそこそこに、ジュース買いに行くと息巻く。
時折車が数台通るだけの静かな養護施設。その前に設置された自販機へ、息子は全力で駆けだしていく。
正月の長野。天気は晴れ。子どもたちの声がよく通った。
思えば昔から、父方のじいちゃんばあちゃんが少し苦手だった。
母方のじいちゃんばあちゃんはとにかく孫である私に甘かった。
行けば必ずお小遣いをくれたし、学校の成績、普段の態度、部活のこと、何でもかんでも褒めてくれた。
おまえはすごいな。じいちゃんばあちゃんの自慢の孫だ。
外孫にもかかわらず大層目に掛けてくれた。
少し照れくさかったけど、そうやって掛け値なしで褒めてくれるのは、愛情を強く感じたし、居心地が良かった。
だから母方のじいちゃんばあちゃんの家へ行くのはすごく好きだった。
近かったのもあり、月に一度は泊まりに行っていた。
それに対し、父方はとにかく口数が少なかった。
成績表を持って行っても、「そうかそうか、えらいな」くらいなものだった。
家に行ってもあまり一緒には遊んでくれず、テレビをただただ見ることが多かった。
ばあちゃんはそれに加えて、かなりの毒舌だった。
お茶をこぼせば「なにやってるだ、ほれ!」
少し成績がおちれば「そりゃあもっともっと頑張るしかないでな!」
テレビを見てても「何だあの歌手は。鼻がねじまがっとるでな!」
子どもながらに、なんとなく、そのあたりを感じ取っていたのだと思う。
父方とは少しずつ距離を取るようになった。
あまり自分から泊まりに行くとは言わなくなったし、行っても別の部屋でゲームをしていたり。
社会人になってからも父方の家にはもちろん行くが、盆と正月に義理で顔を出す程度になった。
3年前にじいちゃんが死んで、ばあちゃんは一人になった。
足を痛めてからは施設に入った。
本人もいろいろ介護士さんにやってもらった方が楽なようで、自ら進んで施設に入った。
もう90歳。足腰の衰えから老いが急激に進むと言われているが、まだまだ頭は丈夫で、毒舌は健在だ。何かとあれが足りない気が利かないと言い、両親は手を焼いている。
今年の1月2日、ばあちゃんのところに行った。
この秋、新しい施設に入った。じいちゃんが最後を迎えた場所だ。
たぶんこのまま終の住処になる。親父はそう言った。
扉は自動ドアになっており、外から中へは簡単に入れるが、中から外に出るには、職員の操作が必要になる。
ボケて徘徊してしまう人がいるからだ。
久しぶりに会うばあちゃんは、少し髪が抜けていた。
それでも顔色はいい。元気だ。
2歳と4歳のひ孫に会うと、「おうおう元気だな!ちょっと来なさい」
そして「ちゃらぜに」だと言って小銭をくれた。
ちゃらぜにとは何のことか、方言なのかと親父に聞くと、そんな言葉は存在しないとのこと。
多分ばあちゃんの造語だ。
「チャラチャラしてる銭ってことだろ。まったくあのばあさんは口が悪いから困るわ」
親父はそうぼやく。
「でもちゃらぜにってなんかいいですよね。私気に入っちゃった」
妻がふいにそう言った。
たしかに言われてみれば、ばあちゃんらしくてなんかいい。
何となく意味がわかるのもおもしろい。
子どもたちも気に入ったのか「ちゃらぜにちゃらぜに」とはしゃいでいる。
両親は「そんな言葉覚えるんじゃない」と言ってみるが、息子たちは聞く耳を持たない。
ばあちゃんはカラカラ笑うと、「また来てね、おちびちゃんたち」と言いながら、息子たちとハイタッチをした。
帰り道、車の中でスマホの写真を眺めていた。
妻が「この写真、お気に入りなの」と見せてくれた。
ばあちゃんと、それにそっくりな顔をした息子が、二人で大笑いをしていた。
口が悪くても、口数が少なくても、愛情に優劣はないのである。
この写真が教えてくれた。
元気とは言いながらもう90歳。高齢だ。
あと何度会えるのだろう。
次回はゴールデンウィークにも顔を出しに行こう。
そしてまた、ちゃらぜにをもらうのだ。
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