どうりでフェルメールを好きなわけだ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:あさみ(ライティング・ゼミ日曜コース)
「ねえ、フェルメール展に行ってみない?」
そう母に誘われて、ひさしぶりに上野で電車を降りた。
降りてすぐ、フェルメール展のポスターが目の中に飛び込んでくる。
“この上もなく優雅な事件”
ポスターには、フェルメールの代表作「牛乳を注ぐ女」が印刷されている。その「女」は台所の片隅にたたずんで、からし色のトップスに真っ青なエプロンを巻き、頭には白い布、口を結んで牛乳を注いでいる。テーブルにはパンや水差しが置いてあり、窓からは明るい光が差し込んでいる様子。
日本人はことのほかフェルメールが好きだそうで、今回の展覧会も大盛況が予想された。入場者の混雑や混乱を避けるため、美術館が30分単位で入場者数を区切るほどの人気ぶりだ。開始から2ヶ月で、来場者は30万人を超えたという。
わたし自身もフェルメールの代表作には既視感がある。「牛乳を注ぐ女」と言われれば、なんとなくだがイメージがうっすら頭に浮かんでくる。
けれども正直、このオランダの画家の絵にそれほどまでの集客力があるとは、にわかに信じがたかった。まさにわたしの母のように、彼の絵をひと目見ようと、地方に住んでいる人、しかも美術を専門的に学んだわけではない普通の人が、わざわざ東京に出てくるのだ。
その魅力とはいったいどんなものだろう?
「フェルメール、やっぱり好きなの?」
わたしは母にあらためて尋ねてみた。
「うん、わたしは好き」
「どうして好きなの?」
「絵がきれい。光の感じも繊細で、静謐で」
「静謐か。うーん、たしかに静謐だよね」
わたしはちょっとにやけてしまった。からかうつもりは全くないが、フェルメールをたたえるとき、あまりにも多くの人が口をそろえて「静謐さ」を指摘する。どうもそういう印象がぬぐえなかった。
「でもさ、静謐さってそんなにいいかな?」
母はそれには答えなかった。
そうこうするうち、母とわたしは美術館へやってきた。
入場制限をしているにも関わらず、ものすごい人混みだった。全国各地津々浦々からやってきた人、人、人。年齢も出身も、職業も生活スタイルもまったく異なる人びとが、フェルメールを合言葉にわらわらと上野の森へ集まってくる。
「牛乳を注ぐ女」はそこにあった。
来場者のうちかなり多くの人びとは、おそらくこの絵を楽しみにきたはずだった。一辺わずか45センチ前後。実際に対面するとあっけないほど小さくて、どちらかと言えば、というか明らかに地味な油絵。
それでも母は、この絵にすっかり見入っていた。
係員がそばにいて、「どうぞ立ち止まらないで、お進みください」と熱心に催促した。
しばらくして、ごった返す会場を抜け出したわたしたちは、ぶらぶらと公園の中を歩いた。
風はかなり冷たいけれど、空の上は雲ひとつなく、もうすこし気温が上がってさえいれば小春日和と呼べそうな午後だった。
「さっき言ってた話だけどね」
そうして母が話し始めた。
「フェルメールがどうしてそんなに好きなのかって」
「うん。あれからなにか思い浮かんだ?」
「わたしね、あそこには誰からも注目されることのない人の、ふとした瞬間が切り取られているような気がするの。ちゃんとすくい取られてる。なにかの取り柄がなくてもね。家にいて、普通に暮らして、誰に褒めてもらうわけでもないことを淡々とやるような」
「たしかに、単調な日常を描くのがフェルメールって聞いたことある」
「わたしね、絵の技術とか技法とか、専門的なことは分からないの。ほら、なんていうの、光の粒子? 窓から差し込む光の描きかたがものすごく繊細だとか、専門家が解説をするでしょう。カメラみたいな発明品を使って下絵を描いたとか、壁の釘を抜いたあとまで精緻に描いてあるとか、青い色に貴重な原料を使っていたとかね。
それから時代背景も。オランダは当時プロテスタントだったから、カトリックみたいに大真面目な宗教画が要らなかったんだって。だからああいう日常的な絵なんかを飾る人がいたとかね」
「なにそれ、お母さん、詳しいじゃん!」
「そういう話はいろんなところに書いてあるからね。新聞の記事だとか、テレビなんかにも。
でも、さっき聞かれて、わたしも自分で考えちゃった。どうしてあの絵が好きなのかなって。
わたしはたぶん、専門家の言うことに感動しているわけではないの。それより多分、ああいうふうに誰にも見られていなくても黙々となにかをやっている人ね、世の中ってそういう人ばかりでしょう、そういう人にフェルメールはやさしいスポットライトを当ててるような気がするのよ。スーッとね、スーッとやさしく当ててるの。それがフェルメールのすごいところなんじゃないかって、わたしは思う。だからあの絵が好きなんだって」
「なるほどー。そういうことだったんだー」
その説明を聞きながら、わたしは彼女の普段の暮らしを思い出し、妙に納得してしまった。そこには彼女の声がちゃんとあり、彼女自身の解釈が込められていたのだった。
なぜ、フェルメールはわたしたちを惹きつけてやまないのか?
母はわたしに、あの画家のほんとうの魅力についてこっそり教えてくれたような気がする。フェルメールという画家は、市井の人びとの中にある1人ひとりのささやかな物語に光を当ててくれる画家なのかもしれない。だいじょうぶ、あなたのことをちゃんと見守っているんだよ、と命がけで表現することによって。
*** この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。 http://tenro-in.com/zemi/66768
天狼院書店「東京天狼院」 〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F 東京天狼院への行き方詳細はこちら
天狼院書店「福岡天狼院」 〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN 〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
【天狼院書店へのお問い合わせ】
【天狼院公式Facebookページ】 天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。