メディアグランプリ

今年こそ動物的嗅覚を人生に生かすために


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:山本ヒロミ(ライティング・ゼミ日曜コース)

私は幼い頃から目が悪い。
生涯で一度も夜空の月が一つに見えたことのない極度の乱視である。
視力検査ではいつも一歩前に出て一番上がやっと読めるかくらいだし、眼鏡を作るときはいつも一番高価な極薄タイプのレンズを使わないと瓶底眼鏡になってしまう。

神様はそんな私に視力の代わりに素晴らしい嗅覚を与えてくれた。

私の鼻は台所にあるガス探知機より必ず早くガスを感知できる。
なべ底が焦げ始めたほんのちょっとの焦げた臭いをいち早く感知できる。
最近は街中でタバコを吸う人があまり居なくなったが、子どもの頃はその臭いでタバコの銘柄がわかった。
母となり、子どもたちの具合が悪くなった時には彼らの口臭を嗅いで、これから熱が出そうか、それほど重症でないかも臭いで判断した。
人は癌になると体臭が変わると最近の研究で発表されたようだが、母が乳がんを患った時に私は母の体臭が変わったことにも気がついた。

こんな動物的な嗅覚を持っているのに人生の選択において私の鼻は全く利かないのである。
特に仕事の選択においてこの鼻の利かなさは致命的な欠点である。

私の高校生の時の夢は大好きな日本の漫画を日本以外の国に知ってもらうことだった。
英語の好きだった私は、まずは英語力をつけて日本の漫画を英語にして英語圏で販売するのはどうだろうと考えた。

アメリカ漫画といえば「スヌーピー」や「スーパーマン」くらいしか知らなかったが、日本の少女漫画のような繊細なタッチとストーリー性こそ世界に知らしめるべきだと信じていた。

20歳でアメリカに留学し、英語力はつけたがその頃になるとすっかりアメリカに染まってしまい、ビジネスの世界でこそ英語力を使うことのほうが重要に感じてしまった。それより、20歳を超えた大人が漫画に情熱を持てなくなっていたこともある。そして何より90年代初めのアメリカ人に日本の「オタク文化」が受け入れられるとは到底思えなかった。

私の鼻は全く利かなかったのだ。
今や日本の漫画やアニメが全世界に受け入れられ、外国から漫画を買うためにたくさんの外国人が日本に来る時代。何というビジネスチャンスを無駄にしてしまったのだろうと後悔したところで今更どうしようもない。

20代の半ばになった私はコンピュータ周辺機器やソフトウェアの営業をしていた。日本ではNECの98という国内でしか通用しないコンピュータしか普及していない時代、アメリカのWindowsというOS(その頃日本語版のWindowsは未発売)で動く英語版のソフトを日本語にしたものや、当時DOS/V機といわれたWindowsマシンにつなぐケーブルやハードディスクなどを売っていた。

今となっては想像できないであろうが、当時Windowsのコンピュータはまだ市場のほんの一部しか占めておらず、その周辺機器の営業となると非常に市場の限られた世界だった。珍しい業界の女性営業員だったので、バイヤーにはすぐ覚えてもらえた。佃大橋のふもとにあったコンピュータ卸の会社のバイヤーからは特に気に入られて
「うちの会社に来ない?」
と誘われた。

その会社は、コンピュータ関連商品の卸業務より雑誌の出版部の方が有名で、当時マニアしか読まない「DOS/V マガジン」という雑誌を発行していた。秋葉原では有名な会社であったが、なんだがバタバタと忙しそうで、どこに配属されるかで仕事内容も全く見えない不安があった。私は面接を薦められて受けたが入社を強く希望はしなかった。
その会社の名は「ソフトバンク」といった。

残念なことに私の鼻はその会社がそれから遂げる発展の匂いをかぎ取れなかった。今や通信大手の世界的に有名なあの「ソフトバンク」に入社する機会を断ってしまったのだ。その後元上司の紹介で秋葉原にあるハードディスクメーカーに転職したが、その会社は2年後には倒産してしまった。

その後の就活で、新横浜にある設立されたばかりの水道工事のフランチャイズの会社に採用された。新しい新横浜のビルはきれいで広いが、人気の全くないオフィスだった。
びっくりしたことに面接をした社長は髭を生やしてアロハシャツを着ていた。
私はその場で広報として採用されたが、上司になる広報部長の男性はなんとまだ20代で私の1つ上。がらんとしたオフィスにアロハシャツの社長、スーツを着た若い広報部長を前になんとも変な空気があった。

社長と部長は
「今年の夏から全国放送で森末慎二を使って大々的にCM流すから」
とこれから忙しくなることを説明していた。私は胡散臭さから入社を断ってしまったのだが、今でも続くその会社は
「くらーし安心クラシアン」
というCMフレーズで有名な水のトラブルに対応するフランチャイズの本社だったのだ。
どちらの会社もほぼ創業時から就業していたら、私の人生はだいぶ違ったものになっただろう。

そもそも「鼻が利く」というのは利益になりそうなことを巧みに見つけ出す能力をいう。
私の鼻は実際の臭いを嗅ぎ分けられてもビジネスチャンスや発展する会社の匂いは嗅ぎ分けられないのだ。いや、正確には何かを嗅ぎ取って近づいたのに、嗅覚以外のものに感覚を奪われたのかもしれない。

人間は他の動物より視覚を発達させたために嗅覚が一番鈍い生物になったという。動物は危険を察知するにも、食料を確保するにもその嗅覚を頼りに進化してきた。
私の動物的嗅覚が生かし切れないのは、悪い視力を補正するメガネやコンタクトから入る余計な情報に惑わされていたのかもしれない。人より優れた嗅覚を持っているのなら、余計な情報にとらわれず、動物的嗅覚で未来を嗅ぎ分けたい。

今年こそこの嗅覚を研ぎ澄まし、鼻を利かせて再び訪れた人生の岐路を嗅ぎ分けよう。
そう決意しながら人生で8度目の就活に挑むために履歴書を書きはじめた。

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2019-01-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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