思いやりの心は、足元に表れる。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:唐土大毅(ライティング・ゼミ日曜コース)
私は服がダサい。
改善はしなければ、と前々から思っていたが、興味が湧かず自分でファッションについて調べる気にも勉強する気にもならない。ファッション雑誌を眺めても、眠くなるだけ。でもどうにか楽に、おしゃれになる方法はないか、考えていた。
大学四年生の冬、もう卒業を間近に控えた時期のこと。そんな私を見かねた学年が一つ下のお節介な、だがものすごくおしゃれな後輩が一緒に服を買いに行こうと誘ってくれた。能動的に行動できない私だが、受動的になら行動に起こせる。楽しておしゃれになれる。二つ返事で、「行く」と答えた。
その二日後、私たちは新宿で合流した。話し合いの結果、とりあえず全身コーディネートすることになった。私はどのお店に行けばいいのかもわからないからすべて後輩におまかせすると、まずは靴を探しに行くという。靴から? という疑問が湧いた。普通格好いいアウターとか探しに行くものじゃないの? 何故靴からなのか。
「おしゃれは足元からだよ」
と後輩はさらりと言った。あたかも常識であるかのように。知らなかった。良い靴と良いボトムス(ジーンズでもチノパンツでも良い)をまずは揃えることが、おしゃれに必要なことだそうだ。そのアドバイスを受けると共に、私に似合う靴とパンツを選んでもらった。その後、トップスにマーガレットハウエルのマオカラーのシャツを購入。マオカラーとは、襟がないことを表すらしく、そのこともその時初めて知った。後輩と一緒に買い物をしている途中、いくつもの“初めて”があった。その子のおかげでファッションに関して無知だった私が、数時間前とは見違えるほどおしゃれになった。足元からアイテムを揃えていくことがおしゃれのコツ、という事実には驚きを隠せなかった。靴がファッションにおいて、これほど優先度が高いものだとは。
ファッションのように、足元が大事な場面は意外にもたくさんある。
サッカーにおいてもそうだ。もちろん技術の話ではなく、靴についてだ。私は15年間サッカーを続けてきた。サッカーするとき、スパイクを必ず着用するのだが、私の中にスパイクの決まり事が一つだけある。それは、スパイクの色を暖色系にすること。単純だが、やる気がみなぎるのである。靴ひもを結ぶとき、ボールを置くとき、必ず足元が視界に入る。そんないつも目にするものだから、いつからかこだわりを持つようになった。私は感情をあまり表に出さないタイプなので、気持ちを奮い立たせたいという想いがあり暖色系のスパイクを選んでいた。もともと感情を表に出しすぎていて高ぶる気持ちを落ち着かせたいという人は、逆に寒色系を選んでいるかもしれない。スポーツのパフォーマンスを向上させる、という意味も靴には持ち合わせている。
私自身、長年足元に気を使っていたのだ。
なぜこんなにも突然足元に思いを馳せたのかというと、つい先日、足元にはある心が現れると教えてくれた人がいたからだ。
私はこの冬を、初めて北海道で過ごしている。川崎市で生まれ川崎市で育ってきたので、初めて見る雪の量に驚いた。何といっても、雪のせいで歩道が狭い。夏の半分以下の幅になっている。雪が踏み固められた歩道では、普通の靴で歩ける幅は一人分しかない。すれ違う時はどちらかが雪に足を突っ込んで、すれ違うスペースをつくらなければならない。出勤途中にそんなことは絶対したくない。でもすれ違う相手がそうする気がないときは、私が渋々雪に足を突っ込んですれ違うスペースをつくる。ある日、朝から片足を雪まみれにした私は北海道で生まれ北海道で育ってきた先輩社員に不満をぶつけた。するとこう言われた。
「思いやりが足りないよ」
すれ違うときにはなるべき身体をすぼめて、何とかすれ違えるように頑張っているのだから何が足りないのかわからない。ましてやこっちは片足を雪に突っ込んでいるのに。そう心の中でさらに不満を吐いていたら、続けてその人はこう聞いてきた。
「長靴持ってる?」
いやいや、持っているわけがない。東京近郊では北海道ほど雪は積もらないからそもそも履く機会がないし、北海道で外を歩くとしても雪が踏み固められている部分があるから、そこを歩けば長靴など必要ない。
そう伝えると、先輩社員はこう話した。
「こっちの人は道を譲るために長靴を履くんだよ。北海道の人は思いやりの心が足元に表れるの」
長靴を履けば、道を譲ることができる。そうか、長靴は思いやりの心なのか。人に道を譲るために、気持ち良くすれ違えるために、北海道の人は長靴を履く。この土地で生きていく上で、大事な話を聞くことができた。こんなところにも、足元に気を使っている人たちがいた。そんな私の下駄箱には、革靴とスニーカーしか置いていない。今週末、思いやりの心を買いに行こう。
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