今の私があるのは、厳しく叱ってくれたあの彼がいたおかげだった。
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記事:多田有紀(ライティング・ゼミ日曜コース)
20代のころ、私は大手小売業の会社で総合職として働いていた。
総合職といえば聞こえはいいが、わかりやすくいえばスーパーの店員だ。
あの頃、私はなんとなくキャリアウーマンになりたいと思っていた。
仕事で成功すれば、私はきっと幸せになれるとなぜか思いこんでいた。
だから、この会社に採用が決まったときとてもうれしかった。
しかし、私はこの会社に入社したことで私の人生は大きく変わった。
そして、今までの人生で一番苦労したのもこの頃だった。
私が最初に配属されたのは、愛知県にある大型の店舗だった。
そこで私は、3歳年下の男性上司の下についた。
彼はとても優秀で、だれもが認める才能をもっていた。
売り上げも全国一位をあげるほどだ。
一方、私生活がとても派手だったことでも有名だった。
私は彼のはじめての部下だったらしく、とても厳しく育てられた。
内心、「年下のくせになんてえらそうなんだろう」と思ったことも少なくない。
ときには、ひと目のない場所に呼ばれ、こっぴどく怒られたこともあった。
きっと私の仕事が遅く要領を得ないことが多かったので、イライラしたんだろう。
それに、私みたいなタイプは嫌いなんだろうと思いこんでいた。
しかし、彼は私にとって苦手でこわい存在だったが、私はとても尊敬していた。
ある日、売り場の準備で夜遅くまで残ったことがあった。
そのとき彼はこういった。
「おまえさぁ、本当に仕事やる気あるの?なんで、俺の質問にちゃんと答えられないの?休みの日ちゃんと勉強してるのか?」と。
私は、何もいいかえす言葉がみつからなかった。
その後、険悪な空気が流れる中、夜中の3時まで仕事をした。
その頃私が住んでいた家は、店から家まで徒歩で15分。
夜中だったが、家が近かったので帰り道もそれほど怖いと思わなかった。
歩いて帰ろうと準備していると、上司がこちらに向かって歩いてきた。
「今日は俺が送っていくから」と。
結局、車で家まで送ってくれた。車でたった3分ほどの場所だったが無言だった。
私は心の中で、きっと彼は義務で送ってくれたんだろう、そう思っていた。
それから半年。私は、そのあともよく叱られた。
私が泣くまで叱られたこともある。
私は「私って本当に才能ないなぁ。この仕事向いていないのかも。辞めて実家に帰ろうか」と毎日考えていた。
そして、あまりにも彼の教育が厳しかったせいか、私はとうとう胃潰瘍になってしまった。
仕事にいけなくなってしまったのだ。
病院で診断を受けたあと、診断書をもらい会社に電話をした。一週間休ませてほしいと。
しかし、彼からは何のねぎらいの言葉も、休んでるあいだの連絡もなかった。
それから半年が過ぎたころ、私に他の店舗への異動命令がでた。
今度は、私が売り場のリーダーになることが決まったのだ。
内心とても不安だった。私はまだ入社して半年。
ひとりで仕事ができる自信がまったくなかったからだ。
また、私は彼に叱られるのだろうか。
「おまえが新しい店に行っても何も役にたたないのに」といわれるのだと覚悟していた。
しかし、彼は最後にこういった。
「俺は今までおまえにきつく当たってしまった。身体まで壊してしまって悪かったと思っている。だけど、おまえが嫌いだったから厳しくしたんじゃない。もっと頑張ってほしかったからだ。新しい店に行ったらもっと辛いことがあると思う。わからないことがあったら、いつでも電話してくればいいからな。がんばれよ」と。
私はこの言葉を聞いて、周りの人目もはばからず大声で泣いた。
彼に初めて優しくされたからだった。
その後、私は別の店に転勤になり、売り場のリーダーとなった。
しかし、また身体を壊してしまった。
結局その会社で働き続けることができなくなり、退職してしまったのだ。
そのことを、その上司に報告しなかった。
今考えるとなぜ報告しなかったのだろう、とよく思う。
あの会社を辞めて15年。
私はあれからいろんな会社で働いたが、あの3歳年下の上司を忘れたことがない。
仕事でつらいことがあると、彼をよく思い出す。
厳しく叱られたこと、彼の前でよく泣いたことなど辛かったことばかりだ。
しかし、もう一度厳しかった彼に会ってみたいと思う。
そしてありがとうと伝えたい。
あの頃厳しく叱ってくれたおかげで、私は今までいろんな苦難を乗り越えていけた。
あの上司のおかげで、だれに叱られても、同僚とうまくいかなくても、それほど辛いと思わなかった。
そして、今私はフリーランスとして働いている。
あの頃彼に教わったことは、今とても役に立っている。
仕事に対する向き合い方、勉強の仕方、人との接し方など彼から教わったものはとても大きい。
今、私は人に教えてもらう年齢ではなくなった。
フリーランスだから私が上司になることはない。
しかし、私を慕ってくれる人には、なんでも教えてあげたい。
そんなことを思うようになった。
そうすることで、あの上司に恩返しできると勝手に思っている。
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