メディアグランプリ

クソ真面目な兄の大いなる挑戦


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記事:K子(ライティング・ゼミ平日コース)

「大事な話があるから、時間を作ってほしい」

2年前、兄はそう言って、少し値が張る中華料理店に両親を呼び出した。

28歳になる息子の、大事な話。
両親の頭に真っ先に思い浮かんだのは、結婚だった。
いよいよ長男が結婚か、と両親はウキウキソワソワしていた。

しかし、その日兄から告げられた「大事な話」は、両親の期待していたものではなかった。

兄は昔から真面目な人だった。

「朝のラッシュを避けたいから」という理由で、毎朝キッチリ5時に起き、6時の電車に乗って通学していた。
中学も高校も部活に入らず、あまり友達と遊ぶこともなく、学校が終わったら真っ直ぐ家に帰ってきて、勉強をしていた。
髪を染めることも、夜遊びをすることも、反抗期もなく、常にクソがつくほど真面目だった。

そんな真面目過ぎる兄を見て、母は心配になった。
「この子の楽しみは、一体何なのだろう」と。
兄は勉強ばかりしていたが、特別優秀なわけでも、勉強が好きなわけでもなかった。他にすることがなくて、勉強しているような感じだった。
グレたりしない代わりに、兄には主体性というものが欠落していた。
周りの子たちは、部活動に打ち込んだり、バイトに勤しんだり、彼女を作ったりと、何かしらの青春を謳歌している中、兄は大きな目標もなく、困難にぶつかることもなく、ただなんとなく毎日を過ごすしていた。
そんな兄を見て、
「なにか夢中になることを経験させてあげたい」
母はそう思った。
そして兄が高校2年生の夏休み、母は半ば強引に、兄をカナダへホームステイへ行かせることにした。
少しでも、兄にとって新しい発見があれば、兄が変わるきっかけになれば。
そんな想いからだった。
結果として、母の狙い通りになった。
1ヶ月後、カナダから帰ってきた兄はイキイキしていた。
カナダでの生活が刺激的で、とても楽しかったようだ。
短い滞在だったが、以前より視野が広がり、考え方も柔軟になり、英語でコミュニケーションを取ることが好きになったようだった。

そこから兄は、急に海外が好きになった。
大学へ進学したあとも、バイトでお金を貯めては海外旅行をしていた。
大学在学中に留学も2回している。
1年間の長期留学を望んでいたが、金銭的な事情で、どちらも2ヶ月ほどの短期留学だった。

そして兄はみんなと同じように就活をして、社会人になった。
新卒で入社した会社で真面目に働くこと6年、ある日突然兄は両親を呼び出して告げたのだった。

「会社を辞めて、ワーキングホリデーでカナダへ行く」

兄は、学生時代に叶わなかった長期留学を諦めていなかったのだ。
もっと語学力を磨いて、世界を股にかけるような仕事に挑戦したかったのだ。

人によっては、
「まだ若いんだし、いいじゃない! 海外で色んな経験をすればステップアップできるわ!」
と寛容な受け止め方ができる人もいるだろう。

しかし両親は違った。
母は高校生の兄をホームステイへ行かせたが、大人になった兄が仕事を辞めてワーキングホリデーへ行くと言い出すなんて、微塵も思っていなかった。
父はまさしく田舎の頑固親父で、ワーキングホリデーが何だかもわかっていないほど、古いタイプの人間だ。
ワーキングホリデーへ行ったからといって、帰国して希望通りの仕事につけるかなんてわからない。何の保証もない。
大事な跡取り息子には、日本で真面目に働いて、安定した生活をしてほしい。
それが保守的な両親の意見だった。

しかし兄は、両親に泣いて話したそうだ。
「大事に育ててもらったのに、期待に背くようなことをして申し訳ない。それでも、行かせてほしい」と。

まるで大きく道を踏み外したかのような言い方だ。
何を大袈裟な、と思う人もいるだろう。
だが、まともに反抗したこともない兄が、両親の期待に背くことに、どれほど勇気が必要だっただろう。
今までたくさんのお金と愛情をかけてくれた両親の望まない選択をすることが、どれほど心苦しかっただろう。
その想いを、涙無しでは語れないほどに、兄は真面目な人だったのだ。

結局、両親は賛成こそしなかったが、反対もしなかった。
真面目で従順だった息子が、親の期待に背いてまでやりたいことなのだ。
もう息子は大人だ。何があっても自分の責任だ。
両親は、兄がワーキングホリデーへ行くことを渋々了承した。

28歳の男が、仕事を辞めてワーキングホリデーへ行く。
あれふれた話かもしれないが、兄とっては大きな覚悟の伴う選択だった。
なんの保証もない道へ飛び込んだその先に、何があるかはわからない。
今ある安定を手放すのはこわいし、不安だ。
周りには、結婚して家庭を守る立場になった友人がたくさんいる。
それなのに、自分は不安定な夢を追いかける。

ワーキングホリデーへ行くことは、兄とって大きな挑戦でもあり、大きなリスクでもあった。
それでも、兄は挑戦者になることを選んだ。

来週、2年ぶりに兄が帰ってくる。
帰国した兄は、どうなるのだろう。何ができるのだろう。
全くわからない。

ただクソ真面目な兄の生きる道を、心から応援したい。

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2019-01-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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