メディアグランプリ

ラスボスと対峙する決意


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:玉井多映子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「ママが脳梗塞で入院しました」
 
ある日曜日の真昼間、父からのLINEに目を疑った。
 
脳梗塞。
もちろん聞いたことのある病名だが、イメージはかなり悪い。
最悪死に至る病気であることは明らかだった。
運よく退院できたとしても、言語障害が残ったり、手足に麻痺が残るという話も聞いたことがあった。
 
実家は父母、祖母の3人暮らし。
母の状況を詳しく知りたいと思っても、なかなか連絡もつかない。
途切れ途切れ連絡をする中で、だんだんと状況がわかってきた。
 
しばらく祖母の世話ができなくなるからと、祖母は近くに住む叔母の家で面倒を見ること。
母の症状は軽く、しばらく管理入院が続くものの手術などは行わないこと。
何より幸いなことに、本人はいたって元気そうで、ケロッとしていること。
 
叔母は「太り過ぎで入院してるようなものよ」なんて冗談を言っていた。
麻痺というほどではないが、右足が思うように動かず、リハビリが必要なこともわかった。
 
2週間の入院生活。
その間、父は一人で暮らすことになった。
そして父の宝探しのような生活が始まる。
 
母は、いわゆる「片付けられない女」である。
片付けたいと口では言いつつも、忙しいと言ってなかなか行動に移さない。
1年間で探し物に費やす時間をかき集めたら、1週間のバカンスに行けそうなほど、いつも何かを探している。
 
ただ困ったことに、実家では母がいなければ、ちゃんと書けるペンやハサミなどのよく使う文具類でさえ、必要な時に必要なものを取り出すことができない。
母だけでなく、父も祖母も、兄や姪たちも、実家に出入りするみんながみんな片付けられないものだから、それぞれに使っては出しっ放しにする。
 
テレビのお片付け特集に映るすっきりと片付いた部屋を見ながら、「あんな生活感のない部屋は嫌だ」という母。生活感に溢れ、雑然とした部屋にストレスを感じないのだろうか…と思う仕上がりだ。
 
「私、アバウトに生きてるから」
が口癖の彼女がいない家は、より一層カオスとなることが容易に想像できた。
 
実家を離れて15年。もはや家のどこに何があるかはわからない…と言いたいところだが、15年前から同じ場所に鎮座しているものも多く、もしかしたら毎日暮らしている父より、母の欲するものを探せるかもと思ったが、予想は的中した。
 
ある日、母は「リビングの棚に入っているピンクのボディクリームを持ってきて」と父に頼んだ。
ちなみにリビングには吊り戸棚とカウンター下の棚の2種類、それぞれに3つの扉がある。
母曰く、そのどこかにあるから、ということらしいのだ。
 
上下合計6つの扉を開けたり閉めたりしながら、棚の奥の奥まで調べた結果、父が探して持っていったのは、ピンクのボトルに入った香水だった。
 
必死で探して持っていった香水だったが、もちろん違うので、病室で受け取った母は「これじゃないし、これはもういらないやつ」とゴミ箱に捨てたという。
その時の衝撃を父は面白おかしく教えてくれた。喧嘩にならないのが不思議だ。
 
父と母の間で「ピンク」の感じ方に違いがあったこともあるが、そもそも母の指示が曖昧過ぎた。
せめて6つの扉のどこにあるかを的確に言えたら結果は違っていたはずだ。
 
母のように、家のことをわかっている人は頭の中に検索窓を持っているに違いない。溢れかえったモノの中でも、検索窓にいくつものキーワードを入れて効率よくモノの検索を行うことができるようだ。
ただ、その検索窓は母の頭の中にしかなく、他の家族は使うことができない。
 
今回改めて「何かある前に片付けておけばよかった」と感じた。
母の頭の検索窓に頼らず、モノのありかがわかるようになっていれば、父は毎日宝探しをする必要はなかった。慣れないキッチンで、父は塩や鍋蓋を探してウロウロしていたに違いない。
 
私はライフオーガナイザーというお片付けの仕事をしているが、私の中で、実家はラスボス=最強の敵だ。母が生まれ育った実家は、核家族にはない、住んでいた人の多さ、それに伴うモノの多さ、そして長い年月をかけて蓄積されたそれぞれの人の“思い出”が詰まっている。
 
ロールプレイングゲームでは、ラスボスを倒すために、レベルアップし、仲間を集めアイテムを揃え、エネルギーを満タンにして臨む。
 
長年気になってきた実家の片付けを行うために、私はライフオーガナイザーになった。知識をインストールし、少しだけレベルアップした。そして色々な方の実家のお片付け事例を知れば知るほど安易に手出しができないことも知った。一歩間違えば、私と母の関係を崩壊させうる力を持っている。
 
母が無事退院した今、母はまだ「生活感のない部屋は嫌だ」というだろうか。
自分が不在の間に、通常時の2割り増しでカオスになったわが家をみて、「本当に雑然としてる」とため息混じりで呟いた一言に、私は希望すら感じた。
 
「半年先に生きてるかわからない」
日常の中に死が入り込んできた母は、ゆっくりと確実に変わり始めている。
 
今こそ、ラスボスと対峙する時がきた。
 
 
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2019-01-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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