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メディアグランプリ

魅力は伝えすぎないほうがいい、そのわけは?


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:佐々木さおり(ライティングゼミ平日コース)

「あなたが辞めても、会社は潰れないよ」

瞬きを忘れている私に、彼女は立て続けにこう言った。
「悪い意味じゃなくて、ね」
この言葉を悪い意味じゃなく、どう捉えたらいいのか、最初聞いた時、私にはわからなかった。

私は5年前、それまで続けた仕事を辞めようか悩んでいた時期があった。
やりたくて始めたオフィス用品レンタルの営業職だった。新規顧客獲得のため、日々企業にセールスの電話をし、見込みのある企業にはアポイントをとり、商品説明に伺う。無料で商品を提供しお試しいただき、気に入れば定期購入、という流れだ。
電話営業が得意だった私は、他の同期よりも簡単にアポイントを獲得できた。実際にお会いした企業の総務担当者との話も弾みやすかった。
「1ヶ月後、再度訪問しますので、その際にご契約についてお伺いしますね!」
私は、仲良くなった担当者と雑談を交えた会話をしながら、その場を後にする。

しかし、1ヶ月後その企業を訪問すると、担当者の表情は硬い。
「いやぁ、あなたと話していて、すごくよく感じていたんだけどね、他の部署の人と話していたら、もっと安い商品があるって言われちゃって……。 ごめんなさい、今回の契約は見送らせてもらえない?」
「えっ……、そうですか。それじゃぁ、商品は引き取らせていただきますね
……」
私は、完全に契約が取れると思い訪問していたため、受け答えがうまくできない。
「では、また良い商品がありましたら、ご案内にお伺いいたします」
そう伝えると、足早にその場を去った。

私は契約が取れない営業マンだった。
この企業だけではない。これは契約になる! そう確信している企業に限って、必ずと言っていいほど契約に至らないのだ。
商品説明については、マニュアルに従って、全て端折ることなく説明している。契約までのフローも、他の誰よりも飲み込みが早いと、指導担当から褒められていた。しかし、先輩との営業同行を離れ、一人で現場に立ってみると、現実は違った。

企業担当者との会話スムーズにこなしているつもりだったし、打ち解け合っていると感じていた。それでも、何度も断られた。後もう少し、というところで必ずキャンセルになるのだ。
「何がいけないんでしょう?」
それまでの流れを、先輩営業に事細かに説明してみても、帰ってくる答えは「うーん、きちんと説明も、ヒアリングもできているのに。おかしいね?」というものだった。

どうしても契約が取れずに悩んだある日、先輩営業に同行してもらい、契約が決まりそうな1社を訪問することにした。その企業も、いつも通り話が弾んで1ヶ月前に商品の無料レンタルをした際に今日のアポイントを取っていた。

「お世話になっております、レンタサービスです。総務の田中さんとお約束しておりまして」
そう伝えると、会社の奥から田中さんが出てきた。
「先日はありがとう」
「いえ、とんでもないです。どうでしたか? うちのマットの使い心地」
私は、先輩と訪問したという緊張もあり、少したどたどしい口調で会話を始めた。
「それなんだけどね、なんだか、思っていたものとちょっと違ってね。今回はもう一度考え直そうかと思っているんだ」

「またきたか……」
私は心の中で思い描いていた恐怖の瞬間が現実になり、さらに隣で話を聞いていた先輩の視線を痛いほど感じ冷や汗しかなかった。しかし、会話を続けた。
「田中さんがおっしゃる、思っていたのと違った部分をお伺いできますか?」
田中さんは、1ヶ月前に私が説明した内容を事細かに再現し、それに対して、使用感とのギャップが大きかった話をされた。

今まで私と田中さんの会話を、ただ聞いていた先輩が、とうとう口を開いた。

「申し訳ございませんでした。田中様がおっしゃるのもごもっともです。私どもの商品は、もちろん良い部分もたくさんあります。ですが、劣る部分もございます。その部分をお伝えすることなく使用頂いてしまったことが、田中様にご不満を感じさせてしまいました。次回訪問の際には、今回いただいたご意見を踏まえて、最適な商品をお持ちしますので……」
先輩は、田中さんからの率直な意見に対して、こちらから再度最適な提案をすると約束して、その場をまとめてくれた。

帰り車中、先輩である彼女は、落ち込む私にこう言った。
「あなたからいつも相談されたじゃない?契約が取れないって。今日実際に同行して感じたこと伝えてもいいかな?」
私は、聞きたくない気持ち8割だったが、「はい」と答えた。
しかし、彼女の口から出た言葉は、思いがけないものだった。
「きっとあなたは、話をするとき、魅力を伝えるのが上手すぎるのね」
「上手すぎる……ですか?」
私は、注意されると思っていたため拍子抜けしてしまった。

すると、彼女はこう続けた。
「人って、いいところを伝えすぎない方がいいのよ。その時は楽しい気分になるからテンションが上がって、買いたい気持ちになるんだけど、ふと現実に戻ると“本当にこれでよかったのか?”って迷い出すものなの」
確かに。わたしにも経験がある。ブランド物のバッグを手に取って店員に褒められた時と一緒だ。その時は買いたい衝動に駆られるが、予算オーバーだったため一旦帰宅して家族に相談した時、似合っていないと指摘されたことがあった。その場ではすごく魅力的に感じてしまうことが確かにある。
「あなたは、魅力の伝え方とか、相手との会話に関しては、わたしより長けていると思う。でも、契約いただく相手に対しては、魅力だけを伝えるだけでは足りないのよね」
そう言われて、今までの訪問企業での自分の会話を思い返した。たしかに、魅力を十分すぎるくらい伝えてはいたものの、それが商品への期待というハードルを上げすぎてしまったのかもしれないと気づけたのだ。

「先輩、わたし営業に向いていないんですかね……」
私は、運転しながら助手席にいる彼女にそう伝えた。
すると、思いもよらない言葉が帰ってきた。
「あなたが辞めても、会社は潰れないよ」
何事かと思った。でも、彼女は続けた。
「あなたが辞めても、契約を取れていない現状なら、いてもいなくても変わりないかもね。でも、わたしはそんなに魅力を伝えられるあなたが、契約をいただけるようになる姿を見ていたいと思うけどな」

それをきいて、わたしは涙が出そうになった。
気づかせてくれたこともありがたかったし、それでもまだ期待を抱いてくれていることも嬉しかった。

「はい。わたし契約とってみせます!」
会社が潰れないなら、私は目の前の彼女をまず喜ばせることだけ考えよう、そう思った。

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2019-01-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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