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メディアグランプリ

破った約束と、守った約束


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:矢内悠介(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「結婚して今がいちばん年収低いけど、今がいちばん幸せだ」
 
わたしが穏やかな顔で言うと、妻はこう言った。
 
「そうだね。お金で困ることはないみたい」
 
突然、ベビーカーに座っている娘が笑顔ではしゃぐ。冬とは思えない暖かい風に松の木の葉が揺られ、気づけば隣の木には梅が咲いていた。
 
思い返せば、5年ほど前のわたしと妻は仕事に明け暮れていた。わたしは家具屋の営業で不規則に昼夜働き、妻はチケット販売を支援する会社で毎日終電まで働いていた。
 
このとき、わたしと妻が考えていたことといえば、お金を稼げばおいしいものが食べられ、さらにはたくさん旅行に行けるということだった。
 
わたしも妻も自分が主催する趣味を持っていたため、空いた時間はそれぞれのやるべきことをやり、とにかく二人が時間を合わせることは至難の業だった。
 
結婚するときに妻が話していたことは、「いっしょに暮らせば顔を合わせないことはないでしょう」ということだった。お互いの時間が合わないことが、二人暮らしの決め手となった。
 
妻は事務をやりながらオーケストラ団体に所属し、かつ数名といっしょに立ち上げた音楽ユニットで活動。その活発さはおとなしそうな外見からは想像できなかった。
一方で、わたしは多忙な会社で働きながら、ゲストを招いたセミナーや勉強会を主催する団体で活動していた。
 
なぜここまで自分たちのやりたいことに打ち込んでいたかというと、育児のタイミングを決めていたからである。家族ではなく自分たちのことを優先させる期間はいつまでにするか、予め話し合っていたのだ。
 
友人夫婦から聞く話では、自分たちのやりたいことと家族時間がブッキングすることで険悪になることが多い。最初は「結婚の道を選んだのは自分なのだから家族を優先させるべき」と自分に言い聞かせるのだが、だんだんと衝動が沸いてきて、理性では抑えられなくなるのである。
 
想像力だけはあったわたしは、自分たちの活発さが将来どのように影響してくるのかを察し、結婚して間もなく、妻と将来の具体的な話をすることにしたのである。
 
話し合いから5年後、そのときは訪れた。
 
家族のために働いていくことや、子どものことを考えた計画を整えていった。
ところが、わたしは人生を捧げるほどにやりたいことができてしまった。頭では約束を破ることになるとわかっていても、どうしてもその衝動を抑えることができなかった。自分が作った事業でどこまでやれるか挑戦してみたくなったのである。
 
妻にそのことを話すと、とてもショックを受けていた。ようやく新しい家族を迎える準備をはじめようというときに、切り替えるどころか、会社をやめて自分のやりたいことに突き進もうと言うのだ。さぞ混乱したであろう。
 
妻とはずっと仲良くやってきた。気に入らないことがあればとことん話し合い、どうすればうまくいくかを考えながら、お互いが気持ちよく過ごせるようにしてきた。しかし今回に関しては、二人でルールを考えていくどころか、別れを考えるほどの話だった。
 
お互いが大切にしているものがぶつかりあった。わたしは自分のやりたいことの情熱と可能性について話し、妻は家族を作っていく情熱と可能性について話した。「音楽と家族なら家族をとる」と言い切ったほどだ。
 
涙を流しながら話し続けていても終わりが見えなかったので、わたしはある提案をした。
 
「半年だけ時間がほしい。半年で前職の給料を超えて、さらには旅行に連れて行く。もし駄目なら、家族のために働けるよう転職する」
 
この提案を受け入れてくれる女性だと信じられる人だったからこそ結婚したのかもしれない。妻はわたしの可能性に賭けてくれた。
 
結論としては、事業は順調とは言えずとも約束を果たすことができた。妻を台湾旅行に連れて行くことができ、お互いにとって区切りとなる最高の時間を過ごすことができた。
 
確かに、自営業は不安定である。1ヶ月後には無一文になっているかもしれない。妻に本気であるかを証明できたものの、不安であることに変わりはないのである。しかし妻はこう言ってくれた。
 
「結婚したときから、あなたとの人生はジェットコースターであることはわかってた。急降下で驚いただけ」
 
わたしよりも、よほど妻のほうが覚悟は固まっていたようだった。頼もしさを覚えるどころか、鼓舞するように心がふるえた。この人がパートナーでよかった。
 
それから2年、わたしには娘が生まれ、以前と変わらずに仲良く暮らしている。変わったことと言えば、毎晩ゆっくりと家族との時間を過ごし、週末は散歩に出かけていることと、安定した給料が毎月振り込まれないことだ。
 
夫婦に必要なことは、お金と安定した暮らしだろうか。
確かにそれもいいかもしれない。
 
ただわたしは、もっとも必要なことは相手を信じきれるかだけのような気がしてならない。相手を信じられなければ、別れる可能性もあるような提案や、涙を流しながらの情熱もぶつけることはできないのだ。
 
結婚式での誓いは、どうやら破らずに済んだようだ。
 
 
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2019-02-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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