パズルのピースが見つからないと終われない母の子離れ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:山本ヒロミ(ライティング・ゼミ日曜コース)
「私があなたを産んだのよ! あなたは私の所有物なの! 勝手は許さない」
強烈な言葉だった。
あまりに強烈で、この言葉の前にどんな出来事があったのか忘れてしまったが、高校生だった私はあまりに理不尽なこの言葉にあっけにとられた。それと同時に母の歪んだ愛情に反論する気も失せたことは覚えている。
私の母は典型的な専業主婦で、企業戦士の夫には早々に愛想をつかし、その愛情を娘たちに一心に傾ける人だった。私と4歳下の妹はそんな母の期待通りに中学受験をし、希望通りの女子校に入り、ジェラルミン製の箱に入れられた箱入り娘だった。
どれくらいその箱が頑丈だったかといえば、高校生の時に通学電車で声をかけられた男の子から電話が掛かってきたときに
「何のために女子校に入れたと思っているの! 変な虫がつかないためよ。今のは誰?」
と問い詰められた。
初めて彼氏を家に連れてきたときは、その彼が長男だと知るや
「会いたくない」
と彼が家に来る前に外出してしまった。
「あなたは長女なのよ。婿を取ってこの家を2世帯に建て替えるから、ここに一緒に住めばいいでしょ」
これはもう母の希望というより命令に近かった。
その時はわからなかったが、今ならよくわかる。
母は「子離れ」が出来ない人だったと。
一般に母親は父親より子離れが難しい。
自分の身を痛めて産んだ我が子は分身のようであり、特に女の子には自分がかなえられなかった夢を託してしまう傾向にあるようだ。母は私に自分が習えなかったピアノを習わせ、自分が不得意だった英語に苦労しないように英会話に通わせた。
私はピアノの発表会では母の手縫いのベルベットのドレスを着て、皆より難しい曲を弾いて母を喜ばせ、英語では母の喜ぶ成績をキープした。
母は、娘には大人になって恥ずかしいことのないように厳しい女子校に入れて、付属の短大か大学を卒業した後、見合いでもさせたいと一人計画していたようだ。
母は私にどうにかして「婿」を取ろうと考えていた。
なので、私が「婿」を取る事よりも「嫁」に行くことを決めたときは大騒動になった。婿取りにそれほど執着のない父と執着が捨てられない母が揉めて、あわや両親の離婚問題にまで発展したのだ。母は私の結婚に大反対しながらも、
「私もあなたと一緒にお嫁にいくわ」
と矛盾することを言って回りを困らせた。
母にとっては父と居るよりも娘と一緒に居たかったのだと今ならわかる。
その後も妹の結婚でもひと悶着あり、結果私たち姉妹は二人とも嫁に出ることで母の「子離れ」はひと段落ついたように見えた。
子離れできない母を見ていると、母という人がいつまでも無くしたジグソーパズルのピースを探し続けている人のように思う。
子育て中の母は、数あるパズルのピースを完成に向けて一つずつ丁寧にはめていったのだろう。自分の理想の完成図に向けてはめていったのに、どうしても見つからないピースがいくつかあった。完成こそが自分の生きがいだったのに、完成できなくなった。でも母は諦めきれず、いつまでもそれらを探し続ける。
実際、母は呆れるほど数独(ナンプレ)やクロスワードパズルが大好きだ。遊びに行くたびに新聞の日曜版のナンプレがはまらないとイライラしている。本人はボケ防止だと言っているが、あの完璧に何かを当てはめて完成させなくては……という執念と「子離れ」できなかった母の姿が重なってしまう。
人付き合いがあまり得意でなかった母には心を許せる友達がいない。海外旅行も娘と一緒。買い物するのも娘と一緒。せめて娘以外にもっと楽しみがあれば、無くしたピースを探し続けることなく、未完成の絵に満足できれば違った幸せがあったと思う。
母はどうしてパズルが完成できないことを諦めきれないのだろう。
考えてみると、母は人一倍こだわりが強いのだ。
何にでも正解と不正解があって、正解こそが理想なのだろう。自分が正解だと思ったことにはとことんしがみつく。現状こそが一番の幸せと思っているから、年をとっても不便な一軒家から引っ越そうとは思わない。物は溜まる一方なのに断捨離が出来ない。手持ちのピースはいっさい手放すことが出来ないのだ。
母を見ていると、人生のジグソーパズルは完璧に完成させるより、所どころ欠けているくらいが丁度よいと思えるようになった。欠けているところの絵を想像しながら、残りのピースをゆっくり探すのもいいし、穴の開いた絵を楽しむ余裕も欲しい。人生はそんなに長くない。見つからない物を血眼になって探すより、違うピースを拾い集めて違ったパズルを作るのもいいではないか。
子離れした母には余生をゆったり過ごしてほしい。
と思っているのだが、母の執着はそんなに簡単に捨てられないことを後に私は知ることになる。
「あんな旦那なんかさっさと別れて、子ども達連れてうちに帰ってきなさい! あんたと孫くらい面倒見るから!」
夫の独立が失敗に終わり、生活の先の見通しが立たなくなった時に母が私に言った。
見失ったピースを母が見つけた瞬間だったのかもしれない。
とっくに親離れした私には母の執念が怖くていまさら同居など考えられなかった。私ばかりか孫までも自分の思い通りにならないとイライラするのが目に見えた。それに何より、
母の束縛を離れて自由な生活を満喫してしまうと、いくらお金に不安があろうともあの世界には戻れない自分がいた。
母は彼女の目の黒いうちは、どうにかして見つからないピースを探し出し、彼女の納得するジグソーパズルを完成させようとするだろう。
私も変わらない彼女を変えようとする執着は捨てて、パズルの穴埋め探しは彼女のライフワークだと認めることで楽になろう。
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