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メディアグランプリ

寝た子を起こす愛もある


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:佐藤城人(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
「知的障害の施設で、彼ら向けに『性教育』の講演をしていただけませんか?」
心理カウンセラーの私に、突然飛び込んできた依頼です。
(どうしてまた、自分なんかに?)といぶかりながらも、私は遠い昔の福祉施設での実習を、ありありと思い出していました。
 
「キスさせろ!」
「あんた可愛いな」
実習の初日から、現場は騒然としていました。発言の主は、20代の男の子、いや男性と言った方がよいぐらいの背格好です。大きな声を出し続ける彼は、結局、保護室と呼ばれる個室で終日過ごしていました。また帰り際、一人の女性からラブレターをもらいました。「私とおつきあいしてください。結婚してください」と、かわいらしい文字が踊ります。
 
「驚いたでしょ。知的障害と言っても、性欲はあるんですよ。あの奇声の男性。病院から性欲を押える薬を処方されているんです。今日は、あまり効かなかったかのかな。
あと、〇〇さんからラブレターもらわなかった? あの子、いつもそうなのよ。実習に来た男性には必ず『結婚してください』って手紙を渡すの。でも、2~3日もすると忘れているから気にしないでね」
施設長からの説明です。ある程度、授業で習ってはいましたが、実際に目の当たりにすると、驚きの連続です。
 
彼らの性への欲求が解決されないまま放置されているのか、大変気になり、ある日施設長に尋ねてみました。
「この施設は、親御さんたちが立ち上げた施設なのよ。親御さんの意向が強くてね。私だけではなく、保護者の中にも、性の知識が必要と思っている方はいます。でも、切実な問題でも『知らずに済むものならば、知らずに終えたい』、『あえて教える必要はない』と考える方も多いのよ。これをね、『寝た子を起こすな理論』って言うの」
 
「寝た子を起こすな」
ああ、なるほどと思いました。
これは、さまざまな分野にも当てはまります。例えば、差別用語。それまで使っていた差別的言葉、誰も使わなくなれば、自然と消滅します。言葉がなくなれば、差別の意識や概念も消えるのではないか。ある種の願望です。
 
(差別用語は知らなくても生きていけるけど、知的障害の場合、知らなくて困ることもあるだろうに。知的障害の女性が、訳も分からずに風俗で働かされることもあるんだから)
どうにも釈然としないまま、実習は進んでいきました。
 
実習では、多くのボーダーたちとも出会いました。
ボーダーとは、普通学校のレベルには、ついていくのが難しく、特別支援学校では物足りない、そんな知的レベルの方々のことです。どっちつかずゆえ、それが生きづらさとなっています。
実習中、そっと私に近づいては袖口をつかみ、うつむきながらついてくるボーダーの男性がいました。
「僕には居場所が無い。友だちも彼女もいない」と、彼は私に嘆いていました。
彼の場合、就職先を見つけることは難しくありません。しかし、長続きしないのです。上司の説明を理解できず、ミスをしてしまうからです。しかしその一方、知的障害の施設では、彼が望む会話はほとんどできません。他の利用者とは知的レベルが違うからです。スタッフも彼一人に関われるほど、余裕もありません。
 
(みんなどうしているかな。私はあれから福祉ではなく、心理カウンセラーの道を選んだ。もしかすると、もう一度福祉と向き合う、いい機会なのかもしれないな)
私は、性教育の講演を引き受けることにしました。
打ち合わせも済ませ、いよいよ講演当日、本番スタートです。
 
「命の大切さを知っている人は、自分を大切にします。愛の大切さを知っている人は、他者にも優しくなれます。だからこそ、命の尊さや、生命の繋がりを実感できるのですよ」
そして、隣りの人同士、背中と背中をくっつけてもらいました。
 
「どうですか? あなたの背中に、相手の体の温かさ、伝わってきますか?」
半数の参加者がうなずきます。
「温かさを感じることが出来た人もいます。でも、感じなかった人もいますよね。それは、どうしてでしょう? そうです、洋服を着ているからだよね。今日は寒いからコートや厚いセーターを着ている人もいます。
ここに、洋服を着たお人形を用意しました。コートを脱がせてみるよ。次にセーターを脱ぐよ。じゃあ、スカートはどうかな?」
みんなが怪訝な顔つきになり、一気にざわつきます。
 
「そうだよね。スカートは人前では脱がないよね。男性も、人前ではズボンを脱がないよね。
私たちの体には、人に見せて良い部分と、気軽に見せてはいけない部分があるんだ。じゃあ、みんなも脱げるところまで、コートや上着を脱いでみましょう」
それぞれ、軽装になります。
ぎこちなく脱ぐ人。どこまで脱いでいいのか、周りをキョロキョロ見渡す人。それでもみんな一生懸命です。
 
「みんなできたね。じゃあ、もう一度さっきの人と、背中と背中をくっつけてみてください。今度はどうかな?」
「あったかい」という声があがり、みんなの顔つきがパっと変わります。ニコニコと揺れながら、背中と背中を強くこすり合わせている人たちも。
 
「相手の体の温かさが伝わってきたかな? その温かさが、人のぬくもりであり、生きていることになるのね。さっきのお人形は、どれだけ私たちに似てはいても、温かくはなりません。そしてね、女性の皆さんは赤ちゃんを身ごもることができます。そのとき、自分の体の中には、同じように温かいぬくもりを持つ『もうひとつの大切な命』があること。このことを覚えておいてくださいね」
 
最前列の端でひとり、涙を流す女性がいました。あとから聞いた話では、彼女は性についてよくわからないまま、現在妊娠中とのこと。
彼女にも、命の重さと温かさ、届いたかなぁ。
 
「寝た子を起こすな」ではなく、「起きた子に正しい知識を」
私自身、新しいライフワークと出会うことができました。
 
*** この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

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2019-02-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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