僕とピアノとハタチの子
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【3月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《火曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:冨田洋也(ライティング・ゼミ日曜コース)
「オープニング講師演奏、 インベンション15番 バッハ」
演奏が始まった。
僕は、スタッフエリアでビデオ撮影のモニターをしながら演奏を聴いていた。
あれは、もう13年は前の事だ。会社の連中と宴会に行った帰りだった。
少しやんちゃな後輩に誘われた。
「行きつけのミニクラブにいきましょうよ」
ミニクラブは、客一人にホステス一人がお話するようなお店だ。
初めてのお店では知り合いのホステスがいるわけでもなく、いろんな子が10分ほど話しては
入れ替わっていく。
付き合いでの来店と割り切っていた僕は、ありきたりな芸能人の話だったりバカな友達の話だったり、大人の会話を楽しむ程度にしていた。
「再来週、誕生日なんよ。ハタチの。ご飯行けない?」
1時間前にあったばかりの子に誘われた。
さすがに脳天気な僕でも、そんな都合のいい話を信じてしまうほどにはピュアに育ってきてはないつもりだ。
「ハタチの誕生日は、親に感謝する年じゃろ。そもそも都合良く再来週誕生日って事が信じられん」
しかし、免許証見せられると、確かに二週間後である。
これも縁か。始まりはそんなんだった。
彼女は、ピアノ講師向けの短大に通いながらアルバイトに来ていた。
未成年だから、アルコールの売り上げには寄与できず、夜のバイトの割には稼げてなかったようだ。誕生日にはお店にも付き合ったが、大してお祝いに来ているお客さんもいなかった。
大人のお店は何軒か知っておく方が、会社員には都合が良い。
それから、誕生日とクリスマス前後とバレンタイン位は、僕はお店に通っていた。
僕は音楽の成績は奮わなかった。
小学校低学年の時に、トライアングルかカスタネットの担当になると楽器を持つ機会が無くなる。
自宅にあるのはリコーダーかハーモニカ位だ。
うまくなるわけがなかった。
高校生の頃は田舎の学校だったし、ギター持っているだけで不良の入り口に立っているかのようなレッテルを張られる時代だったのだ。
課外活動は物理部だった僕は、音楽とは縁の無い生活を送っていたのだ。
でも、音は好きだった。
ガーガーノイズが乗るAMラジオをチューニングして、福岡から東京の放送を聞いていた。
当時、ラジオ聞きながら勉強するのは当たり前だった。
耳障りの悪い音こそが世界の入り口に感じていた。
ピアノを弾く同級生はいたが、ピアノの会話は何話して良いのかも判らなかったのだ。
クラッシック聞く機会は学校の音楽室以外では無かった。
楽譜なんか読めないし、イ短調もニ長調の意味も判ってない。
クラッシックの演奏を聞くことに意味が見いだせなかった。
ハタチになった彼女は、程なく短大を卒業した。
そのまま、フリーランスのピアノ講師を目指すらしい。
なかなかの度胸だ。
ピアノが演奏出来る借家っていうものが、市内にはあるらしい。
そんなニーズがあることすら知らなかった僕には驚きの事ばかりだった。
生徒さんは何かの人脈から増やして行ったようだ。
軽カーで訪問教師をして、ミュージックスクールのホームページを立ち上げ、夜のバイトに行く。
なかなかのタフネスだ。
度胸があるのか?脳天気なのか?
お金を無心されたことは一度も無いけど、お店に呼び出されたことはある。
クラッシックはほぼ聴かなかった僕が、音楽の多様性をもてたのは彼女のおかげだと思う。
スクール開校後、数年を経て年に一度、生徒さんの発表会が開催される規模になってきた。
観客は生徒さんの両親と祖父母くらいなもんである。
観客が寂しいので、サクラで聴きに行った。座って聞くだけでよかった。
次の年、会場設営を手伝うことになった。
次の年、カメラ撮影もすることになった。
次の年、ビデオ撮影をしDVDを編集して、焼き増しもすることになった。
気がつけば何時の頃からか、スタッフの名札がクビに掛かっていた。
調律師さんや音楽学校関係者との会話は知らないことばかりで、いつも知的好奇心をくすぐられる。
接点のなかった領域の知見が広がるのはとても楽しいことだ。
今年は、生徒さんが少し減少に転じている。
創立期からの生徒さんが上級クラスに転入している年次らしい。
今年の発表会も無事終わり、新たにピアノ自体をキャリアーで運ぶ機会にも恵まれた。
金にならないながらも、新たな事を覚えるのは良い事だ。
たぶん、来年も手伝っていることだと思う。
「では次は、エンディング講師演奏、 ノクターン遺作 emall ショパン」
今年も、締めの演奏になった。さすがの講師演奏だと思う。
本人はあがりっぱなしで、演奏は良い出来ではなかったそうだ。
僕は相変わらず、ピアノ演奏はフィーリングでしか聴けてないらしい。
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