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息子の不登校と過去の私を癒やす旅


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:かくだて有理(通信ライティングコース)
 
息子は私と違い、小学校5年生から中学校3年生の今まで、学校に行かなかった。
 
「私と違い」というのは、私の場合、不登校という選択をしなかったからだ。
いじめられた時期があり、その時の記憶が後でなくなるほどだったとしても。
 
不登校になって逃げたら負けだという負けん気も手伝って、休んではならないという鎖で自分を縛っていたのだと思う。
 
自分を殺して登校し続けた結果、何に対しても興味がなくなり、ただ日々が流れていくのを辛抱する3年間だった。
 
不登校の息子を持つと、周囲の反応は様々だ。
 
保健の先生からは「なんとしてでも学校に来させてください」と言われる。
校長からは「ゲームをやらせすぎたり、スナック菓子ばかり与えているんじゃないんですか?」とトンチンカンな事を言われる。
 
相談員に外で偶然会えば、「大変よねぇ、気を落とさずにね」と憐れみの混じった声で励まされる。
ママ友には腫れ物に触るように接せられるし、職場の先輩ママからは「育て方が悪かったのかしらねぇ」なんてサラッと言われた。
 
他人に何か言われるたびに気持ちがグラグラと揺れ、「自分が悪いのかもしれない」とか、「息子は甘えているだけかも」と思った。特に学校からの言葉はプレッシャーになっていった。
 
私だって、最初は自分の子どもが皆と同じように学校に行かないということに、とても焦った。
 
「なぜ行けないの?」
「いじめられているの?」
「なにか嫌なことでもあったの?」
 
学校に行けないことが理解出来ず、息子を質問攻めにした。
けれど、息子はただ悲しそうに、首を横にふるばかり。
 
夕方になればケロッとするのに、週の半分は朝お腹が痛くなって起きられない。
 
フルタイムで勤務していた私は、はじめは、毎回会社に遅刻連絡をしていたが、やがて上司に相談して1時間遅い出勤にしてもらった。
 
息子を学校に送り出してから出勤するためだ。
 
でも、結果的に学校に遅刻や欠席の連絡をするためだけに、家に待機する1時間になってしまった。
 
担任や保健の先生、スクールカウンセラーと何度も話し合いを重ね、地域の病院が行っている子ども向けのカウンセリングにも連れて行った。
 
もしかしたら体の不調が原因かもしれないと、頭痛が続けば遠方の有名な頭痛外来に連れて行った。腹痛が治らなければ大腸の入院検査を受けさせたりもした。
 
だが、全く改善しなかった。
 
息子も、自分がどうして学校に行けないのか本当に分からないようで、申し訳なさそうだった。
 
そうこうするうちに1年2年と過ぎ、担任の先生が変わっても、学校側は辛抱強く「頑張りましょう」と言った。
 
だが、ある日のことだった。
 
今朝もお腹が痛いと言う息子をなんとか宥めすかし、3時限目が過ぎた頃、ようやく私が付き添って学校まで行くことになった。
 
学校までの道のりは子どもの足でも7分程度。出勤時間を気にして少しイライラしながら自転車を押して歩く私の後ろを、ランドセルを背負った息子がトボトボとついてくる。
 
後もうちょっとで学校が見えてくるというところで、突然小さな声で息子が言った。
 
「お母さん……なんでか分からないけど、足が動かない……」
 
振り返ると、息子は血の気を失った真っ白な顔をして、額に汗し、棒立ちになっていた。
 
肩に力が入り、緊張して真っ青な唇は震えていた。
 
私はこの瞬間、すべてを悟った。
 
ああ、私が間違っていたのだ。
 
息子はギリギリのところまで、私の期待に応えようとしていたのだ、いつだって。
でも、もう本当にギリギリなのだ……。
 
どうしてこんなになるまで気づかなかったのだろう。なぜ、私は自分の息子をここまで追い詰めてしまったのだろう。
 
今の今まで、心の何処かで腹痛は仮病かもしれないと疑っていた。
でも、これは仮病なんかじゃない。
自分だって高校の時、散々経験をしたじゃないか。
 
腹痛どころじゃない。今までの体調不良はすべて、私への精一杯のSOSのサインだった。
なぜそれに気づいてやれなかったのだ。
 
ここまで息子を追い詰めたのは、自分だ……。
 
「ごめんね、そんなに嫌だったなんて、お母さん気づかなかったよ。学校行かなくてもいいよ。家に帰ろう」
 
息子の背中に手を添えて、今度は息子と同じペースで、いたわるように家に向かって歩き出した。
息子は心底ホッとしたような顔をしていた。
 
その日は会社を休み、考えた。
 
「息子には本当に申し訳ないことをした。私は『学校に通うことが普通』『皆と同じでなければいけない』という、世間の常識とか世間体のこと、皆から受けるプレッシャーのこととか、自分のことしか考えていなかったのだ」
 
「毎日そばにいながら、自分が息子の一番の脅威になっていたのだ。外にも家の中にも味方が一人もいなくて、息子はさぞ心細かったことだろう」
 
「息子は自分とは違う人間なのだ。
息子はずっと、自分の気持に正直でいただけなのだ」
 
自分を殺していた私に比べ、自分を大事にする息子の選択は正しいと思った。
 
その時から、私は誰がなんと言おうと、息子の味方になると決めた。
それからはインターネットで、不登校になる子どもの心理や周りからの接し方、捉え方などをたくさん調べていった。
 
そして、改めて学校に一人で出向き、1学期間休ませて欲しいと、担任の先生にお願いした。
 
心からリラックスするには学校から一度きちんと切り離さないとならないと考えているので、
 
休んでいる間電話などで様子を伺わないこと、学校に誘わないこと、悪いが友達にもプリントを持ってこさせないことなどを、申し入れた。
 
その考えは、地域や学校とは無縁の、都立病院の心療内科の医師にも同意してもらうことができ、学校にも連絡して徹底してもらうことができた。
 
息子が「お母さんはいつか自分を学校に戻そうとしている」という猜疑心なく心を開いてくれるようになるのに、半年以上かかった。
 
それからは、インターネット上での友達を作り、悩み、体力づくりや趣味を追求するなど、自分なりに努力をしていた。
 
中学最後の年には、ゲームをスパッとやめて勉強し、無事高校生活への切符を手に入れもした。
 
私は息子から、自分の心に正直になること、自分を大切にすることを学んだのだと思う。
 
自分で考えて立ち直る様を間近で感じ、人間は変われることを見せてもらった。
 
同時に私は、最近こう感じている。ないがしろにしていた高校時代の自分自身を大切にする、追体験をさせてもらったのではないかと。
 
子育ては、自分育ての旅なのではないかと。


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2019-03-02 | Posted in メディアグランプリ

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