メディアグランプリ

手紙とどこでもドア


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:武田真和(ライティング・ゼミ平日コース)
 
山形の冬は寒い。今朝も路面が凍結して、渋滞が起きている。
どうやらこの渋滞をさらに加速させている原因は、スリップ事故のようだった。
前方遠くに警察の赤いランプが光っている。
車のハンドルを握る手は冷たい。渋滞を待っている間、手に息を吹きかける。
ほんのりと白い息がかかって、すぐ消えた。
もう少し早く家を出ていれば、と思ったが仕方ない。
こんな時にどこでもドアがあればどんなにいいことか。
苦笑いしながら動き出すのをじっと待つことにした。
ふと助手席に目をやる。そこには鞄と手帳が一冊。手帳には1枚のハガキがはさんである。
まだ車が動きだすには時間がかかりそうだ。私は手帳からハガキを取り出した。
手紙を書くのが好きだ。大好きだ。相手の事を想いながら筆をゆっくりと運ぶ時間は
とても幸せだ。
友人や知人、職場等でもたまに手紙の話になることがある。
ただ、その時の答えは決まってみなこうだ。
「書きたい気持ちはあるのだけど、なかなかね」
その後に続くのが年賀状は書くのだけど、ということだった。
現代人は忙しい。ただ、相手の事を想って書く手紙というものが私は大切だと思うのだ。
手紙を書くことも大好きだが、封筒や便せん選び、そして切手を選ぶ時間も楽しい。
書店や文房具店に足を運んでは、必ず手紙コーナーを眺めるのが至福の時間だ。
この人にはこの絵柄、あの人はこっちの絵柄のほうが好きそうだな。
そんなことを考えながら、封筒や便せんを手に取っているとあっという間に時間が流れてしまう。
ある時、友人と書店に行った時のことだ。
一緒に手紙コーナーに立ち寄ったのだが、私の横顔を見ながら友人がぽつりと一言。
「楽しそうだな」
え、誰が? と言って振り返ると微笑した彼が
「お前以外に誰がいる」
2人で顔を見合わせて笑った。
こうして封筒と便せん、そして切手を購入した後に執筆に入る。
使用する道具は万年筆だ。万年筆はボールペンと違い、あまり早く書く事ができない。
ゆっくり書く時間がまた心地よいのだ。
時が止まっているような錯覚。不思議なものだ。
手紙の事で忘れられない思い出がある。
もう随分前のことだ。季節は秋の柔らかい風が吹いていた時期だったはずである。今は亡き、俳優の児玉清さんが仙台市で講演するという情報を雑誌から手に入れた。
会場までは山形から約2時間弱。一瞬迷ったが、生で児玉さんを見たい気持ちが勝った。
のんびり電車に揺られながら向かうことにした。
会場は大勢のファンで埋め尽くされ、熱気が充満。児玉さんの登場で会場のボルテージは
最高潮に達した。初めて生で見る児玉さんは、すらっとした長身でおしゃれな優しい紳士
という感じだった。目に宿していた光は、遠目からでもとても優しいものだった。
この講演会をきっかけに、私はすっかり児玉さんのファンになった。
講演会終了後、私はさっそく児玉さんの著作を買いに書店に出かけた。
そして、またそこで感銘を受けてさらに気持ちが昂ぶった。
これを、この気持ちをどうしても伝えたい。
閃いた。手紙があるじゃないか!
私は正直に気持ちを書いた。
仙台での講演会に行った事、児玉さんの著作を読んで感銘を受けたことなど。
真っ白な便せんが、あっという間に文字で埋め尽くされた。
最後の1文字を書き終えて、そっと筆を置く。
その動作とは対照的に、心と体には軽い興奮が残っている。
果たして読んでもらえるのだろうか。もしかしたら返事をもらえるかもしれない。だが、淡い期待は一瞬で消えた。多忙な方である。ファンレターもたくさん届いているに違いないだろう。読まずにそのまま捨てられてしまうかもしれない。それはそれで仕方ないな、と自分に言い聞かせ郵便局に向かった。
ポストに手紙を入れる。無事届きますように。心の中で手を合わせながら、郵便局を後にした。
それから時が流れ、手紙を出していた事も忘れかけていた初夏のある日のこと。
仕事を終えてポストに手を入れる。私の日課だ。我が家のポストは外からは中が見えない仕組みになっている。手の感触がハガキだと訴えてきた。
誰だろう? とゆっくりポストから手を引き抜く。
宛名は私の名前が書いてある。見たことがない筆跡だった。
危うくハガキを落としかけて、かろうじてこらえた。
そこには日付とともに力強い文字で「児玉清」と書いてあった。
涙で文面が読めなくなるのに、そう時間はかからなかった。
言葉にならない声をあげて私は泣いた。
渋滞は間もなく解消しそうな雰囲気になった。
児玉さんのハガキを手帳に戻しながら、
「手紙を読み返すことはどこでもドアだったのだ」
急に前方の視界と同じように、心の視界も開けた。
手紙を読み返すと、当時の情景がはっきりと目に浮かぶ。
情景は目に映るものばかりではなく、心の中に描いていた当時の情景も同時に蘇ってくる。
どこでもドアもその人の意志を読み取って、行きたい場所に瞬時に連れてってくれる。
手紙もまた、時を超えてその人との思い出の場所に運んでくれるのだ。
この渋滞がなかったら、このことには気づけなかったかもしれない。
私は一人微笑むとゆっくりとアクセルを踏んで、車を動かした。
 
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2019-03-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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