宇宙人は私の可愛い小さな恋人
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:西元 はる香(ライティング・ゼミ土曜コース)
男の子は未知である。それが子どもであるならば、未知を超えて宇宙人だ。そのくらい考えていることが分からない。
私は三姉妹の真ん中で、母も三姉妹、いとこや親戚もほぼ女だらけという家庭で育った。アニメや漫画は女の子向けのものばかり見ていたし、リカちゃん人形やシルバニアファミリーで遊んでいた。男の子はかけ離れた存在で、何を考えているのかよく分からない。乱暴だしバカだし、デリカシーがない。そう思ってきた私は女子大に進み、そんなに男子と関わることもなく、たまたま出会った男子と恋をして結婚した。将来は自分も娘を持つのだろうと思っていたのだが、最初に産まれたのは男の子だった。
男の子の育児は、想像を絶する大変さだった。
おもちゃを投げる、壊す、妹をぶつ。乱暴なのに急に甘えん坊になり、また暴れはじめる。いつになったら落ち着いてくれるのだろう? そう思いながら時は経ち、長男は小学校1年生になった。
そんなある日のことだ。筆箱の中身をチェックしていると、消しゴムがバラバラに砕けていた。新しいものを持たせると、翌日にはまた砕いて帰ってきた。そんなことが続くのでコストコで大量に入った消しゴムを買ってきたが、あっという間に全部使い終えてしまった。
それから数日後、今度は傘をなくして帰ってきた。もしやいじめにでも遭っているのではと心配になってどうしたのか聞いてみると、予想外の答えが返ってきた。
「川に捨てた」
は?
頭にハテナがいくつ並んだか分からない。帰りに雨が降っていなかったのでジャマになって、川に投げ捨てたらしい。何だそれは。そんな理由で川に捨てたというのか。ついでに消しゴムの件も聞いてみたが、バラバラに砕くのが面白くてつい分解してしまうという。
小学生になったら少しは落ち着くかと思っていたが、長男の不思議な行動は激しさを増すばかりだ。
私はすっかり疲れ果てていた。どうしてものを大事にできないのか。どうして宿題をすぐやらないのか。どうして私といっしょじゃないと眠れないのか。どうして妹をいじめるのか。問題点をあげはじめたらきりがない。娘のすることに関しては、私もそうだったなぁと温かい目で見られるのに、息子の言動は全て理解不能なのだ。毎日宇宙人を相手にしているようで、心も体も疲労した。まあ、宇宙人にはあったことがないのだけれど。
そんな1年生最初の夏休み、家族で大分にある実家に帰省することになった。1年半ぶりの実家は片づけをしたのか少し綺麗になっていて、私たち三姉妹が使った学生時代の思い出の品が一か所にまとめられていた。
そこで目に入ったのが、小学校の卒業文集だった。懐かしさに胸を温かくしながら、1ページ1ページを捲っていく。すると、「1年間で思い出に残っていることランキング!」という特集ページが目に入った。
私の目に飛び込んできたのは、『男子VS女子』という文字。その時私の脳裏に、あの日の記憶が鮮明に蘇った。
小学校6年のある日、ひょんなことから男子と女子がケンカになった。理由なんて覚えていないので、本当にひょんなことだったのだろう。私たち女子が「男子と一緒に給食食べたくない」とか言い出し、男子がその戦いを受けて立ったのだ。
あまりにひどい戦いっぷりに、担任の先生が見かねて話し合いの場を設けた。教室を真ん中で仕切って机を並べ、向かい合って討論した。男子と女子の話し合いは国会生中継のごとくヒートアップし、数時間の授業を潰した。
「男子はちゃんとそうじをしないと思います!」
「女子は学校に持ってきちゃいけないものを持ってきています!」
「男子はすぐに叩いたり蹴ったりしてきます!」
「女子は陰でコソコソ文句を言っています!」
そんな論争が続く中、ついに担任の女教師(34)の堪忍袋の緒が切れて、ヤマダ先生によるお説教タイムが始まった。
「あのね、男と女は違う生き物なんだから、完全に理解し合えるわけがないでしょう? 保健の授業でもお話したけど、男の子と女の子は体が違います。体の違いは見れば分かるけど、心も随分違うの。だから完全に分かり合えなくても、お互いが温かい心で支え合うことが出来たら、それって素晴らしいことじゃない?」
ヤマダ先生の言葉に、教室が一気に静まりかえった。確かに、そうかもしれない。男と女は違う。だから完全に理解できるはずないんだ。お互い思いやりを持って、過ごしていかなきゃいけない。
「なんか……、ゴメン」
ひとりがそう言ったのを皮切りに、みんながポツリポツリと謝り始めた。向かい合わせていた机を元に戻し、それからみんなで窓の向こう、豊後水道の奥にうっすらと見える四国の島を眺めた。
こんなにも世界は広いんだから、みんながみんな完全に分かり合えなくてもいい。温かい心で接していけたらいいなと。12歳の私はそんなことを考えた。
卒業文集を閉じた私の顔を、7歳の息子が覗き込む。息子だからといって、完全に理解しようとしていたのかもしれない。そんでもって、支配しようとしていたのかもしれないな、とそう思った。
息子とはいえ、ひとりの人間だ。男の子はやはり宇宙人だけれど、小さな恋人でもある。完全に理解できない全く別の生き物。けれども、可愛くてそばにいたくて、とても愛おしい存在だ。息子をひとりの人間として認識した今、私の心は軽くなった。これからも小さな恋人と、支え合って時にぶつかり合って、過ごしていきたいと思うのだった。
≪終わり≫
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