ライティング・ゼミ初日の私が、寝返りできない赤ちゃん状態だった話
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:川辺さわ(ライティング・ゼミ火曜コース)
ライティング・ゼミなる4か月の講座を受講することにした。ゼミの内容はここには公開できないけれど、ゼミの初日、私のなかに起きた出来事をここに書いてみたい。
私には子どもを産み育てた経験はないのだけれど、友人たちの話、SNSの投稿などを見ていると、人間の赤ちゃんは「寝返りをうつ」という動作が最初から自然にできるわけではないらしい。寝返りをうとうとしたものの、うち切れずコロンとまた元来た方へ戻ってきてしまったり、腕が巻き込まれたまま二進も三進も行かず止まってしまったり……。はじめて寝返りを試みた日の赤ちゃんの、そんななんとも微笑ましく可愛らしい姿をこれまで何度か目にしている。
ライティング・ゼミの第1講に参加したのは昨晩のこと。「文章を書く」という行為単位で見れば、いろいろなレベルはあれどかれこれ40年以上やっている。出来の良し悪しを横に措けば、少なくとも「文章を書く」ことそのものは難なくできること、のはずだった。
しかし昨晩私がライティング・ゼミで遭遇したのは、未知の振舞いであり動作であって、そのはじめての動作を試みた私は、先の赤ちゃんの姿のように(唯一大きな違いは、そこに微笑ましさはないのだけれど)、不自然な姿勢のままぎこちなく固まってしまった。
はて、困った。いい文章を書けるようになることの遥か手前で、「文章を書く」という行為自体、まるでできなくなってしまった。「あら? これは一体どうやるんだったかしら?」とやり方をまるで知らない人のように立ち尽くしている。動作がフリーズしているのが今だ。
私は見事なまでに、寝返りをうつことができなかった。
一見してとても姿が似ているけれど、この状況に対して先の見通しが明るいのは赤ちゃんの方だろう。そこには今の私が、「文章を書く」ことを再び始めるために、何らかの示唆があるのではないか。
一つは、「はて、困った」と呟いた私にとって、これはほんとに困った事態なのか?
ふと浮かんだのは池谷裕二さんが『単純な脳、複雑な「私」』で書かれていた「手続き記憶」のことだ。自転車に乗る技術や箸を操る技術のように、訓練の繰り返しで会得する技術は、いちど習得したスキルセットが手続き記憶として脳に格納され、その後は無意識に自動的にできるようになる。一連の手続き記憶による動作では、対象物との距離や材質を捉え、首や肩・腕・指の関節や筋肉を連携させながら、速度や角度を絶妙かつ瞬時に調整するような精妙・精緻なプロセスがあるが、習得後の自動運転では、最早それを意識化することは難しいという。
人により箸を操る所作の美しさに違いがあるとしても、自分の一連の動作を意識化して取り出すことの難しさ、そして一度習得してしまったそのやり方を変えることは誰にとっても難しい。箸を操ることと、文章を書くことはどこか似ている。どちらもどうやって自分がそれをやっているかを意識することなく、なんとなく”自然にできてしまうような類の動作・行為で、軌道修正は厄介だ。
そうだとしたら、さっきまで意識することなく、なんとなく自然にできてしまっていたことが突然できなくなってしまった! というこの状況は、実は得難く喜ばしいことなのではないか。
そしてもう一つ。寝返りがうてないそのとき、赤ちゃんの中では何が起きているのだろう? 身近で日々赤ちゃんに接し観察している人や、新生児の発達に関わる専門家であれば別の見方があるかもしれない。これは私の主観的で根拠のない推測だ。
寝返りをうとうとしてどうにもならず、立ち往生して固まっているように見える赤ちゃんは、実のところ、困ってはいないのではないか。今、体の動きがとまったぞ、これ以上進めないぞという状況を瞬時に察知しても、そこで「困った」という感情をまとい自らを足止めしたりしない。あるのは、もっとシンプルで切実な情報把握だ。全身で全方位に向けて、1ミリでも動ける可能性を探っているに違いない。
そもそも赤ちゃんはまだ、「寝返りをうつ」という動作の完成形を知らない。完成形に向かって動作しているわけではなく、すべての瞬間が新世界の探索であるような身体の冒険を経て、偶々寝返りをうつ行為が完結する瞬間が訪れるのだろう。
そこに到るまでにあるのは、身体の試行錯誤、微細な感覚器官の動向までも含めた無数のトライアンドエラーの連続だ。ただただ好奇心のままに、嬉々として世界に向かって手を伸ばす。
自然な行為としての「文章を書く」ことを見失ってしまったこの好機に、私もこのぎこちなさのままに、「文章を書く」ことの完成形を知らないままに、トライアンドエラーを重ねてみよう。私にもある日突然、寝返りできる瞬間がやってくるかもしれない。
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